僕が院長先生向けにセミナーをしていると、
質問でこの先生は分かってるな。とか
わけわからんと施術しているなということが分かります。
例えばその手技は何にアプローチをしているのですか?
とか
何をねらっているのですか?
の質問をしてくる人は残念な知識と技術ということが分かります。
例えば腰痛の原因として大腰筋が有名ですよね。
※この場合の原因というのは痛みが軽減するという意味
筋肉に固執する人が自分が何の筋肉を施術しているかということにこだわります。
とある有名な治療家で解剖学を元に施術を組み立てている人がいます。
※コンサルをつけたことによりマーケティングがはまり治療家の間では有名ということです。
有名=治療がうまいわけではありません。
その人は大腰筋大好き人間なのですが、あるときに解剖学の実習にいって
大腰筋の位置が思ってるのとだいぶ違っていたと驚いていました。
ここで面白いのはその経験をしてもなお
大腰筋を信仰していて、いまもむかしも大腰筋を施術すると腰痛がよくなると言い張っています。
いまは知らないですが、彼は位置を間違えて大腰筋を施術していたと公言しているようなものです。
彼は一体なにを施術して腰痛を改善させていたのでしょうか。
面白いでしょ?
少しは頭やわらかくなりましたか?
答えを与えられるだけでは、いろんな答えがあるので迷宮入りしますよ。
セミナー難民になってませんか?
それは自分がなにができてなにができないのかわかってないからです。
答えを与えられたとき検証しましたか?
所詮は仮設なので検証しないとだめです。
有名な人から教わったから信用しているとかダメですよ。
信用は僕の中ではない言葉です。
なぜなら「それについて」わからないから信用のしようがないのです。
だから検証するのです。
検証でわかったことについて初めて評価できると考えています。
疑うのは悪いことと思われがちですが、
興味があるからこそ、もっと知りたいと思うからこそ
本当にそうか。もっといい方法があるのではと検証という形で疑うのです。
なんかわからんけど考えるのめんどくさいから信用することにするのはよくないと思います。
なので僕の中では信用というのはかなりネガティブな言葉としてとらえています。
もしわかってたら信用もなにもないですよね。
わかってないから鵜呑みにするのか検証するのかという選択になります。
言い方を変えると信用するか疑うかですね。
考える力は重要ですよ。
受講生に申し訳ないので、
核の部分はお話しできませんが何かしらプラスになれば嬉しいです。
