きのうかいた日記


私は抑うつだった


納得が行った


もともと、生まれる前から嫁姑が最悪だったらしく、跡取りにも関わらず生家である実家を1歳前後で勘当同然で出た

勿論記憶なんてない

跡取りの最初の子供が私で『おんな』だった
その頃は、ご立派な家じゃなくても隠然と男じゃない事を言う風潮はありました。父がそう言ったとか言わないとか聞かされました。
祖父母世代なら平気で宣うのはありますし
だとしたら、

私は最初から生まれてはいけなかったバッシング、嫁姑の険悪な中を感じながら、ただただなくことしか表現出来ないのに
そんな空気を沢山感じて生きてきたんだ。

泣いていたのは、私に気を向けてくれれば、喧嘩とかいさかいなんてなくなるのにっていう必死なアピールだったのかもしれません。

そう思うと、可哀想過ぎて涙がでできちゃいました。と、同時に、すごく健気なじぶんだったんだ。才能なのかもしれない。喧嘩とか怒ってるの見るの未だにざわざわして押さえようとしてしまうのは、そういう経験からなんだ。


でも、わたしも、怒りは出しても構わないよって知った。

それと、嫁姑のいさかいは私が生まれる前からあり、そんなの私が悪いなんて問題のことではないんです。
あちらの問題で私が気に病む必要はこれっぽっちもなくて、あー私はいかに無駄に悩んで来たんだと。


私が子供を欲しがらないのは、自分が体験した事を生命の危機レベルで感じたから。
大体、生まれた日に産気付いてる奥さんをほかって競馬しにいったとか、聞かされては、あんたは生まれるのを祝福されてなかったんだよと言われたも同然

父だったら、なにもすることなくて、おろおろするから、居たたまれなくなったんだって思える。

でもさ、
よくいうじゃんか

私は、
そういう環境になるのを分かっていて選んで契約してこの世に生を受ける

だから、乗り越えるなにかが有るんだと

未だに分からない

越えようと努力してるのかもわからない

越えたのかもわからない


抑鬱になるまで追い込まれて何を理解する必要がある?何を分かれって言うんだ?

ただただ、イライラした感情やうっくつした怒りを私を吊し上げていたぶっていただけじゃん。

私は結局、いい加減にしろって言っただけ。

対等だ。だから嫌だったら嫌だといえばいいんか。

そういうことならクリアだな、ただ未だにクリアできなくて、仕事に行けなくなり収入は断たれ、借金返せないでひぃひぃいっています。



今でこそ、家、学校、では見付からなかった私を愛してくれてるって事実を漸く分かってきたところです

でも、そんな事実を知ったら離れてくような気がします、だから誰にも言いません。

もうこれ以上分かってもらえないの見たくないから。
わかってもらえないを沢山感じてきたからこその分かるよなんです。

理解できないこともあるけど、全部が全部理解できないことはないんだ。


言うのは無駄ではありませんから。