三重・岐阜方面 天井川巡検に行ってきました。

 1日目:大阪難波10:30アーバンライナー・デラックス車両12:20四日市着。いつも思うのだが、前日段階ではデラックス車のみしか空いていなかったが、当日乗車すると、デラックス車以外にも空席が。普通に考えれば、当日等の変更が多数発生しているのか。あるいは、当日用に残すとか、乗車区間の関係か。四日市には近鉄百貨店があり、上層階にレストラン街がある。高山ラーメンの白味噌を注文。四日市⇒湯の山温泉、日中も30分おきにあり、完全に四日市の通勤・通学郊外路線。あすなろう鉄道も、その効果で存続か。湯の山温泉駅からバスで御在所岳ロープウェイ駅へ、鉄道とは、一部連絡していない場合があり、時刻を調べる必要が。ロープウェイ駅前のホテルへ。湯の山温泉には、かつて多数のホテルがあり、大阪から直通特急があった時代もあったが、時代の流れで宿泊客が減少、稼働ホテル・旅館も減少、廃墟ホテルも見える。土日祝日中心や、早い段階で予約を締め切るホテルもある模様。直前まで予約可能だったのが、2~3程度だった。ホテルに荷物を預けて、御在所ロープウェイへ、ゴンドラが次々来る、いわゆる循環方式なので、混まない時期であれば、すぐに乗車可能。かなりの「山岳」ロープウェイなので、ぐんぐん登っていき、濃尾平野や三河川が一望できる。ロープウェイ駅を降りたところに展望台があるが、さらにリフトに乗車して、御在所岳頂上へ、勿論、展望台もあり、三重と滋賀の県境にもなっている。観光客以外に、登山客も多く、麓のロープウェイ駅には、登山用品店もある。ロープウェイ駅の展望レストランで、ソフトクリームをいただく。麓へ戻り、ホテルへ。入浴、部屋食で本日終了。

 2日目:露天風呂入浴、朝食会場へ、平日にもかかわらず、かなりの宿泊客。送迎で湯の山温駅へ、湯の山温泉・御在所岳の観光開発史、団体客から個人客へ、交通の変遷等、一通りのお話をいただく。湯の山温泉⇒四日市⇒桑名、コインロッカーに荷物を預け、養老鉄道乗り換え、養老へ。途中、盤若谷・山崎北谷・小倉谷の扇状地河川の下を鉄道が通過する。JR奈良線同様(京都・奈良盆地東縁断層に発達した天井川)の、天井川隧道集中地帯。いうまでもなく、養老断層に発達した扇状地河川が発達している。集落は扇端部分の川沿いに立地するため、鉄道はその山側を通過、必然的に天井川をトンネルで抜けることとなる。鉄道トンネル3カ所、道路トンネル(水道橋)も3カ所ある。養老駅下車、観光地らしく駅前駐留のタクシー乗車、小倉谷の天井川道路トンネルへ、南側の隧道口上に「大正十二年十一月竣工」の扁額が、コンクリートで入口と内部は塗られているが、構造物自体は当時のままの貴重なもの。養老駅へ戻り、津谷川支流の天井川水路橋へ、そこから、養老の滝駐車場へ。駐車場を降りていくと、名高き、「養老の滝」。駐車場へ戻り、養老駅に戻る。桑名行き乗車、かつては車両は元・近鉄車ばかりだったが、昭和40年代製造の元・東急ステンレス車両が増加、もっとも、前面展望を楽しむのは、元・近鉄車が最適。元・東急車は見にくい。行きも帰りも元・近鉄車だったので、写真も撮影しやすい。石津駅下車。盤若谷の鉄道トンネルと道路トンネル(比較的新しく、車線数も多い、車両が高速で抜けていく)を撮影。扇端がすぐに揖斐川に注ぐ。桑名駅に戻り、荷物を取り、長島温泉のホテルへ。入浴、ビッフェ夕食、ホテルから送迎でなばなの里イルミネーションへ、ホテルに戻り、本日終了。

 3日目:朝食後、送迎バスで桑名駅へ、特急乗車、宇治山田駅へ。伊勢市駅での観光客の下車客が多く、宇治山田駅の地位が低下している模様。宇治山田駅下車。コインロッカーに荷物を預けて、徒歩で外宮へ。多くの観光客は、伊勢市駅から来る模様。御朱印をいただき、参拝の後、休憩。バスで内宮へ。丁度、連接バスの特急バスが来る。伊勢市駅・外宮駅・五十鈴川駅・内宮と、主要バス停のみの運行。御朱印をいただき、参拝。休憩。おはらい町、おかげ横丁へ。いつものことだが、店舗の変化があり、今風の店が増加している。バスで宇治山田駅へ。高校生の時間待ちが多数。かなり前に、土産物店が撤退、コンビニと通路に土産物店の出店、出入り口横に地元土産の出店のみに。繰り返しだが、宇治山田駅の地位が低下している模様。「しまかぜ」が満席のため、その次の特急に。宇治山田発車時点では、「しまかぜ」の空席が目立ったが・・・。その次の特急は、ビスタカーの4両編成、比較的混みあう。名張で先頭にもう一編成のビスタカー増結、ビスタカー8両編成に。ここでつないでおいて、難波発最終宇治山田行きとなる模様。アーバンライナーも、夕方前に名古屋へ増結して入線、折り返しの多客に備える運行か。「しまかぜ」は停車駅が少ないが、その次の特急は、「こまめに」停車、「こまめに」客が乗降。大阪難波着。巡検終了。

 

 カリスマ進路日誌 第七十六弾です。連休中はお休みとなっていますが、4月当初から、関西では、関西の大学のテレビコマーシャルが流れています。以前も、オープンキャンパスが近づくと流れていましたが、4月当初からの放映は、「異例」です。そのテレビコマーシャルを流している大学の共通点を考えてみましょう。女子大学、元女子大学、理系を中心とした大学、中規模を含む、中小規模の大学です。ちなみに、全学生が1万人規模以上の大学が大規模大学で、例えば約6000人は、完全に中規模大学です。その学生数を「示す」ということは、「中規模」を自ら認めていることとなります。何も知らない生徒・保護者はどう思うのでしょうか。現在のところ、大規模大学で総合大学の一番手校・二番手校・三番手校はテレビコマーシャルを流していません。以前にも指摘しましたが、カリスマ進路部長は、それまで三番手校の大学に数年に一人合格、大学進学率約二割(四番手校が中心)のところの高校に、進路部長に就任するや、三番手校の某大学に推薦入試で20名以上合格(勿論、その大学でトップクラス)、二番手校は勿論、3年間の任期中に毎年一番手校に合格させ、それまで進学していた四番手校進学を0(ゼロ)にしました。当然、その0(ゼロ)となった大学の入試広報担当者がなんと「ベンツ」(公用車か?)でやってきました。勿論、「行かなくてよくなったので」と告げました。それまでは約20名が進学、一人4年間で500万として、約1億円の損出です。たまたま偶然ですが、その大学の某学部募集停止・某キャンパス閉鎖となりました。このような、何十年も継続していた進路状況が、カリスマ進路部長が就任するやいなや、進学状況の大変貌は一躍大評判となり、高校校長間では「七不思議」と称されました。それ以前のこうこうでも、それまで一番手校進学率1%(浪人含む)を10%(現役中心)としたり(3年生の授業で、カリスマ進路部長の授業を受けたもののなかから、一番手校合格者が必ず出ると必ず宣言)、あるいは昭和50年代の新設高(カリスマ進路部長は開設準備室から勤務、中学校訪問で「おくの」ですと伝える)で、3年目にして某一番手校合格者数トップ50入り(前年は<順位不明?>・他は、旧制中学校・旧制高等女学校・私学進学校ばかり、昭和50年代創設高では、異例中の異例、現在も人気校)など、次々と実績を重ねました。最後の勤務校では、某一番手校進学率日本一を達成しました(ちなみに、受験科目は「地理」)。勿論、カリスマ進路部長がいなくなった各校はものの見事に進学実績が急減しました。「たまたま偶然」「自分がやれば進学実績が伸ばせる」と思った後任の進路部長も、その急減に、なすすべがないといったところでしょう。カリスマ進路部長の実績に、「頑張った、めちゃ頑張ったを越して、<ありえない数値>」と評した後任進路部長もいました。とにかく、もはや、適確でしっかりとした進学指導を行えば、三番手校以上に進学できます。これが、勿論、浸透し、四番手校は「定員割れ」です。注意しなければならないのは、入試では、競争があるのに、入学式では「定員割れ」です。理由は、「歩留まり」の読み間違い、そして、「教授会が入試で不合格者を出す」ということです。入学者の確保、合格者の確保、それがなければ、経営が成り立ちません。「理事長」「理事会」の、高校をしっかりと考察した、対応が求められ、それがなければ、生き残れるかという段階です。先を見る力が必要です。高校も、「競争率があるから、定員割れ校ではないだろう」という思い込みがあります。そこからお気づきでしょう、大規模校で総合大学の一番手校・二番手校・三番手校以外に、進学者がいるのは、勿論、それ以外の「特色ある大学」ということもありますが、「入試にまったく通用しない授業を行う高校と教員」「入試を正確に把握していない、役に立たない進学指導を行っている高校と教員」の「おかげ」によって、進学者がくる理由となっているわけです。典型例は、「公立の旧制中学校の高校」で、「文武両道」「まったく入試に通用しない授業」によって、当初は、「一番手校を一般入試で受験」「滑り止めとして、二番手校を一般入試で受験」、当然両方とも不合格(二番手校は年内入試の指定校推薦・公募推薦で多くとる、一般入試枠を狭めて難易度をあげる作戦、その結果、同一大学に異なる三グループが存在するといわれる)、では三番手校に行くかというと、それでは・・・ということで、「一番手・二番手・三番手」(いわゆる〇〇〇〇とされる大学グループ群)とされない大学、例えば女子大・元女子大・比較的歴史のある理系中心の大学を考えることとなります。人気校とされる公立の旧制中学校の高校でも、大学は一番手・二番手校以外の進学があり、ホームページや同窓会報で公表されています。ということは、テレビコマーシャル校は、「どこの高校にセールスをかけたらよいかがわかり、効率的」となります。不特定多数を対象とするテレビコマーシャルよりは。そして、比較的歴史のある大学は、「評価がもはや定着」しているので、「伸びるのではないか」というわけで、比較的新しい大学に進学する場合があります。勿論、生徒が来た大学は見逃しません。「〇〇高校<旧制中学校の高校>から入学してきました」と広報で使用します。ちなみに、長年、生徒の進路を追跡してきたカリスマ進路部長は、「やはり、同窓、先輩」の重要性を痛感するところです。そこから・・・。

 某府で、3年連続、約半数の高校が定員割れとなりました。勿論、旧制中学校の高校、旧制高等女学校の高校も、どこかが毎年定員割れです。そこの高校から入学してきました、これで説得力があるか、いや、そこまでわかっていない、ということでしょうか。授業料無償化だけでなく(私学も厳しいところがあり、募集停止もある)、「進路指導」が大きく影響しているわけです。某テレビ局が、この授業料無償化・公立高校の定員割れを番組で取り上げ、それがネットニュースとなり、それに「コメント」が次々と書き込まれます。最初は、「授業料無償化」の影響が多かったのですが、カリスマ進路部長が古くから指摘しているように、「進路指導」の影響です。ようやく、「コメント」欄にも、書き込まれるようになりました。そして、公立高校に志願者が戻っている、充足率が上がっている高校の話題も出るのですが、一つは、「募集定員を減らせば、充足率は上がる」わけです。もう一つは、「諸経費は無償」ではありません。特に高額なのは「修学旅行などの宿泊を伴う行事経費」です。私学では、「海外など、修学旅行をウリ」にするところも多く、公立のトップ校も、「国内では最高額となる、北海道・沖縄や、一部海外」となります。しかしそれでは、支払えない家庭も出るわけで、公立の某校では、「修学旅行以外の宿泊行事の廃止、日帰り校内行事に」「修学旅行は日程を短縮、千葉方面に、さらに、比較的高額のホテルに<1泊>宿泊<これを大々的に宣伝します。勿論、北海道・沖縄より安く抑えることが可能>」ということにします(実は、この費用の意味を指摘していないことが多い)。私学では、「割り切って」「修学旅行の不参加を認める」「修学旅行費用を納めなくてよい」とするところも出てきています。私学には、難関校・中堅校があるのですが、志願者動向では、難関校の志願者が減少しています。かつては、難関私学を受験、その合否で公立高校の志願先を決めたことが多かったのですが、公立の一部の高校を目指すもの以外は、今は、公立の中堅校へ行くよりは、最初から私立の中堅校へという、中堅校の志願者が増加しています。最初から、「私学専願」というわけです。公立の中堅校の競争率が低下、定員をわずかに上回る状況となっています。いつ、定員割れしてもおかしくない状況です。ちなみに、某私立高校は、かつては「難関校」とされたのですが、私学無償化で従来と異なる志願者層が増加、その結果、いまや「中堅校」となり、志願者が増加しています。「難関校」なのに増加?と思っている人もいますが。私学も、従来と異なる志願者層の増加で、対応に迫られているということでしょう。勿論、私学も、その影響で「進学実績」に変化が出る可能性があります。続きは、また。

 

 カリスマ進路日誌 第七十五弾です。新年度となりました。テレビコマーシャルは、最先端の時代を示してくれます。相変わらずの、転職業者のコマーシャルです。そして、企業のコマーシャルですが、自社の製品のコマーシャルではなく、企業の知名度を上げるコマーシャルです。今年は、初任給を大幅に上げる企業が続出しました。これらから見えてくるのは、「思い通りの人材が確保できない」ということです。他から引っ張ってくる転職、認知度の向上、他社よりも給与面で有利と、「期待通りの人材確保」に、「投資」しているわけです。しかし、なかなか期待通りにはいきません。

 大学の入学式が、大方、修了しました。いうまでもなく、少子化で、年々、高校卒業生が減少、その一方で、一番手校は勿論、二番手校・三番手校までも、学部新設など、募集人員を増大、併願をした場合に、いくつも合格するようになり、当然、「歩留まり率」は下がります。繰り返し述べているように、「入試では競争率があるのに、定員割れ」発生です。以前にも指摘しましたが、「入学式」での「入学者数」を高校が卒業生に聞いておく、大学進学者も、入学者数から、「自分の大学は定員割れ」していないかを確認する必要があります。よく、今時分、各大学のHPに入学式の模様の写真を掲載します。そこから、「入学者数」がわかります。各大学は、何気なく、いつも通りに「掲載」しているわけですが、それで「定員割れ」か判明するわけです。ここらあたりも、いわゆる「危機管理」「リスク判断」が問われます。そして、一番手校・二番手校が「マンモス化」しています。大勢いると「安心」するわけにはいきません。もはや、過去の今よりも学生数が少ない時代と異なって、希望通りの就職ができるとは限りません。いわゆる「人手不足」で、幅広く就職先を広げれば、「内定を得られる」時代となりましたが、最初にのべたように、「転職市場の隆盛」は、「内定をもらえた企業の入社式」にいったが、「やはり」の思いが出るようです。当然、大学の卒業式に、「自分はどこ」「だれだれはどこ」、そして、他の大学に行った同級生の、「ここだった」という話が広がり、入社式で早くも、「退職」ということもあるわけです。企業も、まずは「人数の確保」、次に、「見極めを早く」と、「試用期間中」に考えます。過去のように、長い目で、育てるという「余裕」をなくしている場合もあるわけです。大企業・人気企業というだけでなく、短期間での離職状況はどうか、「黒字リストラ」をしていないか、など、就職企業の「真の姿」をよく見る必要があります。例えば、大企業・人気企業への就職人数だけでなく、学生数を分母とした、「率」も重要です。学生数が多ければ、人数も多くなるのは、「当然」です。今年、入学した学生は、「こんなに多かったら、就職はどうなるのだろう」という、「想像力」を働かせる必要があります。「この大学だったら、なんとかなる」というわけにはいきません。繰り返しですが、「人手不足」のため、「就職率」や「内定による満足度」は、一旦高くなるのですが、その後の状況で、これは大きく変わります。現役の学生当時の「数値」だけではなく、卒業生のしばらくしての「満足度」、さらには、定年退職を迎えて、「出身大学による満足度」も、考慮する必要があります。加えて、半数の大学が大学全体で「定員割れ」、ちなみに、一部の学部・学科が定員割れの大学は、さらに多くなります。3分の1の大学が、「経営難」と言われています。いつまで、持ちこたえるのでしょうか。企業に対してと同様、学校法人に対しても、融資を行う金融機関等が、この業界に詳しい人の情報を収集して、早急な対応が必要でしょう。今後10年で、急速に進行すると思われます。

 もう一つ、進路選択では、よく指摘しますが、「社会情勢」も重要です。「病院の赤字や倒産」も指摘されますが、「調剤薬局」の倒産も増大しています。いわゆる「門前薬局」が苦戦しています。理由は、「薬価引き下げ」「後発医薬品の普及」で、販売単価の低下、すなわち利益の減少です。そして、「ドラッグストア」と「大手ECサイト」の調剤事業参入により、競争が激化、客が減少しています。その割に、平日の午前中に「殺到」するなど、短時間の人材確保という状況があります。いうまでもなく、調剤部門が病院外となり、薬剤師の就職先の中心が「調剤薬局」です。「時給は比較的高いが、午前中のみなど、働く時間は短く、その結果、収入はどうなるか」「当然、非正規雇用となることが多い」ということも考慮しなければなりません。医療系は、実は医者も含めて、「非正規」が多いということも、高等学校の進路指導で指導しておいた方が良い、ということがあります。「社会情勢」をしっかりとみて、すなわち、「社会科をしっかり学んで」、進路選択を行う必要があります。当然、それぞれの仕事の「未来」がどうなるか、ということも重要です。「情報技術者」がもてはやされていますが、常に最先端の技能が必要で、実は「AIに最も置き換わる業界」ともいえます。せっかく時間をかけて開発しても、「AI」は瞬時にそれを学習、「ご苦労さんでした」というわけです。例えば、AIに簡単に置き換えれない、「感性」を磨くことも必要でしょう。幅広い分野を横断し、幅広い相互関係の「強弱」「有無」の判断も重要です。最近、検索サイトで、「AI」に聞くことができるのですが、ここらあたりの弱さが「露呈」、「答えられない」や「ずれた答え」が出たりします。要望があるのでしょう、「〇〇先生の○○」と、レポートの答えを求める声に対応して、「答えている」のですが、「ずれているよ」というわけです。要望が多ければ、それを学習して、答えるようにしている、というわけでしょうが。大学の先生方は、一度、自分や、自分の研究を「AI」に聞いてみるといいでしょう。「ええ?」こんなことをやっていたの。まあ、一部分ではそうだけど、それは一部分であって、全体像は違うよ、というわけです。いわゆる、「言葉尻を捉えているだけ」というわけです。それを丸写ししたら、それこそ「丸わかり」です。続きはまた。

 

5月の例会は

5/16土曜日です。


今年の夏の巡検は能登半島に行きます。

8月第1週の出発予定です。

8/2.3.4あたりの出発を考えています。


能登半島の隆起や震災のあとの様子を見に行く予定です。

他に、天井川や海岸地形や輪島塗、世界農業遺産となった里山関連などを計画するつもりです。

 ようやく暖かくなったので、日帰り天井川巡検、再開です。新大阪⇒米原⇒近江長岡、米原~大垣間は、東海道線の中で最も「閑散区間」とされますが、日中、30分に一本あります。米原駅では、JR西日本の電車と、オレンジ色のJR東海の電車が並びます。JR東海の電車は折り返し運転のため、ホームには乗車を待つ人々が。近江長岡駅下車、駅前にはタクシーが停車、まずはタクシーで伊吹山文化資料館へ、タクシー代は1,800円。伊吹山周辺の様々な文化が紹介されており、考古や特産品も。やはり伊吹山は石灰岩の山、閉鎖されたがセメント会社と鉄道の展示もある。郵便局を見て、滋賀鉱産の採石出荷場、駐車場となっているところに「せんろ道の停車場」が。僅かな線路が残り、廃線跡は小径に。ここから、桜と伊吹山が眺められる。やはり、いつも新幹線から伊吹山を見ていたが、麓から見る伊吹山もなかなかのもの。もっとも、地元の人はいつも見ている風景ですが。伊吹山の麓、弥高川の扇状地が広がり、扇央部分は果樹園や森林、そして、廃線跡は、弥高川の天井川隧道となる。セメント工場専用鉄道は、この弥高川を橋で越えず、隧道で通過した。おそらくは、勾配緩和のためであろう。トンネルはよく整備されている。続いて、365号線の下をトンネルで抜ける。365号線が弥高川を橋で越えるためにその前後が築堤となっており、やはりその下を隧道で抜けることとした模様。ちなみにこの365号線は、最初に関ヶ原から長濱まで開通した「初代、東海道線」跡。扇状地のかなり扇端に近いところを通過した。その後、近江長岡を経由するルートに変更となり、関ヶ原~近江長岡間が急勾配のため、現在の谷間を縫う勾配が緩やかなルートとなった。そのため、カーブが多い。しかし、かつても指摘したが、このカーブの多さが、鉄道写真撮影には向いており、沿線には、いつもカメラを構える人が。トンネルを出てすぐが扇端で、扇状地お決まりの集落立地となり、土地利用も水田となる。線路跡は川に沿い、水田の中の孤立丘の北側を回り込む。電柱ポールが残り、レールも整然と積まれている。この孤立丘は新幹線が避けることなく、短いトンネルで抜ける。廃線跡は新幹線と交差、勿論、かつては新幹線線路の下を電気機関車牽引の貨物列車が通過していた。天野川を鉄道橋を再利用した歩道橋を渡り、近江長岡駅へ向かう道路と合流。そこで、新幹線線路にカメラを向ける人々が。普通の新幹線撮影と思いきや、あっという間に短い「ドクターイエロー」?が通過。やはりこれ狙いか。近江長岡駅では、カメラを持った方が複数。30分に一本、4両編成で、日中だが、比較的席は埋まる。それでも、「これ以上は」ということか。米原駅に着くと、ホーム向かい側に姫路行き新快速が停車、すぐに発車のため、勿論乗車。かなりの乗り換え客があり、美濃~近江間の需要はある模様。彦根・近江八幡、そして守山・草津と乗客は増え、京都からはどっと乗ってくる。新大阪着。駅弁を購入して帰路に。ゆっくりとした日帰り巡検に最適です。