国王の容態が良くない事は去年11月頃から政府報道がありましたし、高齢であるという事情から「万が一」の事は度々サウジ国内にいるExpatの話題にのぼっていたのです。
主に国王の死去に伴う国内の混乱を心配していました。
国王は正式に即位されたのは2006年からでしたが、それ以前から病気で政務が出来なくなっていた元国王に代わり60年代からサウジを実質治めてきたのです。
その長さもありますが、国王はそれまで国際的にあまり認知されていなかったサウジアラビアという国を一気に国際舞台の中心、特に西側諸国との交渉において一定の発言権、影響力を持つまでにしました。
それはただ石油というバックがあったからだけでは無く、国王がサウジ国内の近代化をどの中東諸国よりも積極的に推し進めたからと言われています。
国王はサウジで「父」と慕われ、アラブ諸国では「兄弟」、果てはアメリカのような西側諸国にとっては「友人」でありました。
跡を継ぐサルマン国王はこの改新を推進しつつアラブの主として古くからの慣習を守って行くという難題が待っています。
また、世界で多分唯一といわれる絶対王政の継承を次の世代にスムーズに移行する橋渡し世代の王として重要な鍵を握るものです。
今日日曜日までの3日間、サウジ国内アブドゥラ王の喪に服しているためかいつもより多少静かで、懸念された混乱も見られません。
世界中から大統領や王族が弔問に来る葬儀とは対照的ですが、アブドゥラ国王、又の名を
The castordian of two holy mosque
二つの聖なるモスク(メッカとメディナ)の守護者
は他のアラブの民と同じように印の無い墓に埋葬されました。
サウジに住む者として心よりお悔やみ申し上げたいとおもいました。
