入院3日目 出産① | 私のつれづれ日記〜妊活、出産、育児、亡き長男への思い〜

私のつれづれ日記〜妊活、出産、育児、亡き長男への思い〜

子宮内膜症と診断を受け、妊活をスタート。
体外受精を経て、妊娠、2015年6月に娘を出産をしました。2017年11月18トリソミーの息子を出産、5日後に亡くなる。
2020年3人目体外受精をして12月に出産

入院3日目
内診グリグリから始まり、子宮口は2㎝ぐらい開いてるとのこと。昨日よりも出口も柔らかくなっているらしい。
バルーンを入れて、子宮口をもっと広げることになりました。
バルーンは子宮口が4〜5㎝に広がると自然に出てくるそうです。
入れる時はちょっと痛かったけど、違和感というか何とも言えない感覚でした。バルーンを入れてても、トイレは普通に行けます。

点滴も前日より陣痛が来やすいものをしました。

11時過ぎたぐらいから、声を上げたいぐらいの痛みの陣痛が来ました。
10分ぐらいの間隔。

助産師さんと話をしても、まだ点滴の影響か本陣痛か分からないとのこと。

「いつから本陣痛になるんだろう?いつから本陣痛って分かるんだろう?」

これが頭の中の大部分を占めていました。
NSTを遠目で見ながら、陣痛の波がもっと大きいと本陣痛になるんだ、と勝手に解釈しながら、陣痛に耐えていました。

お昼を運ばれるも痛い過ぎて食べれないのと、上の子の出産で本陣痛か来たときは気持ち悪くて吐きそうだったことを思い出し、食べるのを止めました。

お昼時なので、分娩室に出入りする助産師さんもいなく、ただ一人で陣痛に耐えていました。

12時30分頃、旦那に予定より早く来てもらうようにLINEをしました。
陣痛がめちゃ痛いことを伝えると

「LINEできてるし大丈夫だよ」

と返信がありました。


陣痛経験したこともないのに、大丈夫ってなんだよー!!!!
頑張れの一言ぐらいないの????
と怒れてしまった。



13時前には3分間間隔の陣痛に。

陣痛の波が来るときは痛すぎて恐怖!
陣痛の波が終わっても余韻で子宮あたりがめちゃ痛く、余韻か終わったと思ったら次の陣痛が来て、休む暇がなく痛い。

誰か腰をさすってほしいけど誰もいない。
もうスマホを触る余裕もなく、旦那にも連絡出来ない。

ナースステーションでも、NSTのモニターを見てるだろうから、本陣痛の波であれば助産師さんが来てくれるはず!

と思いながら、分娩室で痛みが来た時には我慢できず「痛い!」と叫んでました。

13時20分頃、何か出てきそうな感じが我慢出来ず、ナースコールを押しました。
バルーンを入れてるので、赤ちゃんが出そうというよりバルーンが出そうという感覚なのかな。


助産師さん登場!
陣痛の波を3回ほど背中をさすってもらいました。陣痛の波がない間は助産師さんはテキパキとお産の準備をしていました。

お産が進んでそうなので、他の助産師さんを呼んでました。




ここからは何が先か記憶が定かではありませんが、


陣痛が来ていないときにズボンを脱ぐように指示されましたが、陣痛の波が過ぎても余韻が痛すぎて、身体を思うように動かせません。かなり必死に「脱げません」と言ってました。助産師さんが脱がしてくれてくれました。


バルーンが出ました。
バルーンが出たということは子宮口が5㎝ほどに開いたということかと思っていました。

分娩台がトランスフォーマーばりに変身。

助産師さんが内診をしようとしたところ、赤ちゃんがそこまで来ていたようです。
助産師さんはかなりバタバタしてました。さらに応援の助産師さんも相当呼びました。


卵膜が勝手に破れ、破水。

「赤ちゃん、そこまで来てるよ」

と言われ、2回イキんだら赤ちゃんが誕生しました。


まさか、
そこまで来てるよの「そこ」がそんなに近いとは思いませんでした。

ナースコールを押してから約20分後に息子は誕生しました。