最近、究極の暗記のコツを見つけました。

 

結論から言います。

 

「覚えられる、と、思い込むこと」

 

これが、私が考える究極の暗記のコツです。

 

思い込みの力は、科学的に証明されています。

俗にいう、「プラシーボ効果」というものです。

 

この「プラシーボ効果」を最大限活用する勉強方法が、世の中にはたくさんあります。

 

単語帳を作る、青ペンを使う、例文をたくさん書く、本文を練習する、声に出して読む。

 

すべて、「これをやれば覚えられる!」という科学的根拠はありません。

すべて、「これをやったら覚えられた人がいたからやってみよう!」という仮説です。

 

最終的には、「自分に合った勉強法を見つけよう!」になります。

 

しかし、これらの勉強法は、どれも「思い込み」や「自分にもできそう」という心に働きかけ、実際の行動につなげようとするものです。実際に行動し、体感した人は、「この方法、自分に合ってる!」となり、それを続けようとします。

 

よって、仮説を自身の体験で証明し、自分に合ってる!と思い込んだ人が、暗記も得意になる、というのが私の結論です。

 

ここまでの話は「思い込みが大事だよ!」というだけで、とある塾講師として芸がないので(笑)実際に使える、記憶についての話をしたいと思います。

 

ひとつのエピソードです。

 

最近、中3の社会は、第一次世界大戦あたりでしょうか?学校によっても差がありますが。

まぁ対象の中学校はそのあたりをやっていて、おもしろい発見がありました。どの生徒に聞いても同じ答えが返ってきたんです。どうゆう質問と答えかというと、

 

先生「板垣退助って、何をやった人?」

生徒「知らない!」

 

先生「ノルマントン号事件って知ってる?」

生徒「あ・・・・あの、なんかイギリス人が見捨てたやつ?」

 

学校の先生で、板垣退助の説明をしていない人はおそらくいないでしょう。ノルマントン号事件の話もしているでしょう。ですが、どの生徒も板垣退助のことは忘れていて、ノルマントン号事件のことは覚えていたんです。

これには、科学的な理由があります。

それが、「意味記憶」と「エピソード記憶」です。

 

生徒に「記憶」についての知識を聞くと、「短期記憶」と「長期記憶」のことは知っていましたが、「意味記憶」と「エピソード記憶」について知ってる人はいませんでした。

(私の生徒が無知なだけ?)

 

意味記憶とは、BTB液は、酸性 黄、中性 緑 アルカリ性 青 のように、関係ないものを無理矢理つなげて記憶する方法です。

 

エピソード記憶とは、塩酸と水酸化ナトリウムを混ぜると塩水になると聞いたA君が、黄色のBTB液に水酸化ナトリウムを入れて緑にして飲んでしょっぱいと言っていた、というように、エピソードとして記憶する方法です。

 

どちらも分類としては長期記憶になるのですが、板垣退助の記憶がなくても、ノルマントン号事件の記憶は残っている。これは、エピソード記憶の方が生徒の記憶に残りやすい、ということになります。

 

つまり、BTB液の覚え方も、「酸性黄色!」とかではなく、「塩水を飲んだA君の話」として覚えた方が記憶に定着しやすい、と言えます。

 

ここで、ひとつポイントがあります。エピソード記憶は、「自分が体験した話」や「自分で作りだしたもの」の方が定着しやすい、という点です。

 

つまり「誰かに作ってもらった」や「ネットで調べた」では、定着度は低くなる、ということです。

 

だから、勉強は自分で考えて、自分から進んでやった方がはるかに効率が良いです。

どうしてもわからないときは、ネットで調べたりもしますが。

自分で苦労して「エピソード記憶」にした分、定着しやすい、ということです。

 

しかしながら、もちろん個人差はあるので、意味記憶の方がやりやすい、という人はいますよね。だから、最終的には、「自分に合った勉強法を見つけよう!」となるのですが(笑)

 

これは、すべての科目で使える知識だと思います。

脳科学に基づいた勉強法なので、ひとりも漏れはありません。

 

「短期記憶」「意味記憶」「エピソード記憶」をうまく使って、自分に合った暗記の方法を作り出しましょう!

今日、正負の計算ができない、そしてしあさってがテスト、という中1がいました。

 

(+6)+(+8)=+14

 

は、できる。

 

(-3)+(+6)=+9

 

となってしまう。

 

かっこをはずしてから計算する方法も教えましたが、伝わりませんでした(笑)

 

この生徒には、マイナスの概念がない。

私が使った指導法は、数直線を使った簡易版すごろく!

 

作り方とルールは簡単。

 

-6から+6までの直線を引いて、サイコロを2つ用意し、大きいサイコロはプラス、小さいサイコロはマイナス、サイコロをふって、出た目を足して、数が大きい方が勝ち、というゲームです。

(うちの塾には、2年の確率を教える時用に、サイコロとトランプがあります)

 

ゲームスタート。

 

先生のターン!(遊戯王風)

大きいサイコロ 5

小さいサイコロ 3

 

先生「答えはいくつだ?」

生徒「2」

先生「正解!」

 

 

生徒のターン!(普通)

大きいサイコロ 4

小さいサイコロ 1

 

先生「答えはいくつだ?」

生徒「3」

先生「正解!」

 

先生「うわー負けたー!!」

   「もう一回!!」

 

 

先生のターン!(遊戯王風)

大きいサイコロ 3

小さいサイコロ 4

 

先生「答えはいくつだ?」

生徒「-1」

先生「正解!」

 

 

生徒のターン!(普通)

大きいサイコロ 2

小さいサイコロ 4

 

先生「答えはいくつだ?」

生徒「2」

先生「ズルだ!!勝とうとするな!!(笑)」

 

生徒「((笑))・・・・-2」

先生「正解!(笑)」

先生「これを式にするとね・・・」

 

みたいな感じで、指導しました。

個別指導ならでは、ですよね。集団じゃ絶対にできない(笑)

 

結果、どうなったか。

 

加法、減法の計算まで出来るようになりました!

 

実はその生徒、分数、小数の計算できないんですけどね(笑)

まぁ、それは今後。今は、加法、減法が出来るのが大事。

乗法、除法も試験範囲ですけどね。今は加法、減法が出来るのが大事。

 

加法・減法の範囲、点数取ってくれ~!!

 

ただの、今日の出来事でした!(笑)

学校の先生が、生徒から信用されない理由

 

①では、テストに出すよって言って、テストに出なかった、というのを書きました。

 

これは、学校の先生側の理由です。

 

でも、一番の理由は、別にあると思っています。

 

それは、保護者が学校の先生を嫌っているから、という理由です。

 

例えば、担任の先生。

保護者が、担任の先生を好きでも、生徒は好きではない場合があります。

しかし、保護者は担任の先生が嫌いで、生徒は担任の先生が好き、という場合は、私は聞いたことがありません。(私の経験不足もありますが・・・)

 

つまり、保護者が学校の先生の悪口を言えば、子どもも学校の先生を嫌いになる。

だから、生徒が学校の先生を嫌いになるのは、始まりが保護者である、というのが持論です。

 

ですが、これは根深い問題です。

 

この人、担任になっていいの?という先生が実際に存在しているからです。

 

「前の担任の方がよかった」

「3年になった今に、よりによって・・・」

「あの見た目が若い先生?!」

「あの担任、何言ってるかわかんない」

 

保護者の方が、そう思うのは無理ないと思います。

 

ですが、保護者の方ができることは、学校の先生の愚痴を言うこと、ではないはずです。

愚痴ならまだマシですが、悪口を言っている方さえいます。

それが、間違いなく子どもに伝わっており、それが要因で、子どもは学校の授業を聞かなかったりします。

それで、先生には良い授業をしろ、子どもには良い成績をとれ、土台無理な話です。

 

ですから、学校の先生ではなく、自分にできる事。それを考えて、実行していけば、

学校の先生も、保護者も、子どもにとっても、良いことだと思うのです。

 

他人を変えることはできません。

学校の担任を変えることはできません。

クレームを言って担任を変えても、その先生自身に変化はないので、別の方が同じ目にあいます。

 

自分にできることを探すこと。それが、子どもの先生嫌いを直す特効薬であり、成長だと思います。

 

それを踏まえ、私にできること。

 

私自身が学校の先生の悪口を言わない。というか、会ったことがないのに言えるわけもない(笑)

だから、学校の先生は一生懸命やっている、頑張っている、足りないところを補うのは家庭であり、塾である。

3者が役割分担をしっかり果たせば、生徒はまっすぐ成長できる。

それを伝え続けることが、私に出来る事だと思っています。

 

だから私は、これからも伝え続けます!

学校の先生は、頑張っている!!!

近隣中学校で、中間テストが終わりました。

 

中3男子の生徒が、こんなことを言っていました。

 

「授業をちゃんと聞いて、テストはここを出すって言ってたのに、全然出なかった!!」

 

この生徒は、真面目系男子です。嘘をつくような男ではありません。

 

これは、学校の先生が悪いと思いました。

私が常日頃から思っている、「テストに出すからね!」と言って、生徒の注意を引こうとする先生。まさにそれです。学校の先生、これは本当に辞めていただきたいです。

 

真面目な生徒が損をする、正直者がバカを見る、という社会では、生徒が未来に希望を持つようになるでしょうか?早く大人になりたい、と思うでしょうか?答えは、ノーです。

 

武蔵村山市は、学力が低い。それを作り出しているのは、先生との信頼関係です。

授業中の言葉すら信用できなくなります。それは、誰の得にもなりません。

 

学校の先生は、変えることが出来ません。

私にできる事。

 

「教科書の内容をわかりやすく教える」

 

それしかありません。

 

それ以外に出来ることがあったら、コメントで意見をいただけるとうれしいです!

私は、実は何回か職業を変えていまして(笑)

その中の企業研修で、どの職業にも使える!と思ったビジネス用語が、

「カスタマーサティスファクション」でした。

 

カスタマー(顧客)サティスファクション(満足)

 

つまり、顧客満足度のことです。「CS」と省略することもあります。

 

塾の講師は、どこでCS、顧客満足度を測ればいいでしょうか?

 

実際、顧客満足度を測るのは、激ムズです。

アンケートを取ったとして、良い意味でも悪い意味でも、本当のことを書いてくれるとは限りません。

 

「塾に通っている生徒」に限ってのことを書きます。

 

塾の一番の顧客は、保護者。次に生徒です。

生徒は、塾であったことを保護者に話すので、生徒の満足度が高い=保護者の満足度が高い、というようになっています。(もちろん、例外もあります。)

単純な話、入塾後の最初のテストで点数が上がったら、生徒はやってよかった、保護者も任せてよかったってなりますよね?

なので、生徒の満足度=保護者の満足度、というのを意識すると、塾経営とかは考えやすいと思います。(言わなくても当たり前のことですね、すみません)

 

つまり、生徒の満足度を測るには、どうしたらよいか、ということです。

 

少し、考えてみてください・・・・・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・。

 

よくありがちなのが、「良い授業ができた」=「生徒は満足している」と、考えてしまう形です。

もちろん、良い授業であることに越したことはないのですが、これには、問題があります。

何が問題なのかわかりますか?

 

これは、「主観的な評価」という点が問題です。

 

自分が「良い授業ができた」と思っていても、生徒がそう感じていない場合が多々あります。

例えば、英語の不定詞を教えていたとします。生徒は全然理解できていません。こういう場合は、一緒に問題を解いてあげるしかありません。類似問題を解かせます。一人ではできませんでした。また一緒に解いてあげます。授業終了の時間が来ました。「不定詞の用法わかった?」と聞きます。「なんとなく!」と生徒は答えるでしょう。講師側の感覚だと「一生懸命教えたから、良い授業ができた!」と思います。しかし、生徒は満足しません。なぜなら、一人で解けるようにならなかったから、です。もし先生が複数いる塾だったら、「〇〇先生の方が教え方がうまかったな」と心の中で評価します。それは、声に出さない声です。

だから、良い授業が出来た、と思っていても、それは生徒が満足している、とはならない、というのが私の考えです。

 

私は、生徒の今日の授業の満足度は、帰り際の背中に、集約されている、と思っています。

 

「さようなら」の言い方。

「さようなら」と言った後の背中。

 

それで、だいたい伝わってきます。

 

だから、自分の授業に満足してくれたか、は、帰り際の背中を見ると良いです。

 

さようなら、を言わない生徒がたまにいます。その生徒は、塾に不満を持っている場合が多いです。そのような生徒は、良い授業を心掛けるだけでなく、良いコミュニケーションをとるようにします。

 

満足度が高い ⇒ 良い印象を持っている ⇒ 塾をやめない

満足度が低い ⇒ 不満がたまっている ⇒ 別に塾に転塾する

 

だから、CSを意識することは、大切です。

 

生徒の背中で、授業中にわからなかったことも伝わってきます。

 

みなさん、特に背中を大切に授業をしましょう!(笑)