「医学生森林太郎(鷗外)の外科学教科書への書き込みについて④」の続きから。

津山氏の注釈は以下。

「齲歯 史記扁鵠傳正義に見ゆ曰く- 一部不明 -齲は朽(くつる)也蟲之をかじりて缺朽する也(注:こわしくちさせる)」

・・・。

 

では解説しよう。

 司馬遷の「史記」の中に「扁鵲倉公伝」が記されており、これは医師であった扁鵲と倉公の列伝が記され、倉公伝は世界最古のカルテと云われている。その史記の注釈書の一つに「史記正義」があり、これは唐の張守節が著わした書である。その扁鵲倉公伝の中に、「齊中大夫病齲歯」とあり、この「齲歯」とは、「史記正義」によると「上丘羽反」と注が付けられており、また後漢末の劉熙が著した辞典「釋名」では、「齲は朽也、蟲齧之缺朽也」と見られる、と云うことであろう。

 これまで森の幾つかの漢文の書き込みを検証して来たが、端折られている所が時折見られている。これは森自身のための書き込みで、他人に見せるわけではないから、全てを正確に記して置く必要はない。

 従って上述の津山氏が一部不明として居るところは「上丘羽反、釋名曰(云)」である。

 また齲歯は現代では「うし」と読まれているが、もともとは森がフリガナを付けて居るように「クシ」と発音されて居た。

 さて、この漢文の意味するところは、「史記によれば、斉国の中大夫が齲歯を病んだとあるが、この齲歯とは「史記正義」によると、齲とは歯が溶けて中央に穴が出来たように凹み、その周辺の縁が羽反型(羽のように外側に反って居る)になって居るとある。また後漢の劉熙が著した辞典「釋名」には、齲(ク)は朽(ク)の事であり、歯の形が腐って崩れている状態のことで、蟲(細菌)が歯を齧(かじり、くらい)て、缺朽(壊し朽ちさせる)させる。」と、つまり虫歯のことである。

 

続いて、

 これらの書き込みに就いての津山氏の注釈が無いので、浅学菲才の私が敢えて解説しよう。

 まず「KREBS DER ZUNGE 、 CARCINOMA LINGUAE 舌疽 医籍無確徴」であるが、ドイツ語、英語ともにその訳は「舌癌」で、野津玄海著の医籍考に舌の腫瘍のことを「舌疽」と記されており、特有の徴候は見られない、と云うことか?!

 

 次、「GESCHWUELSTE IN DER NASENHOEHLE. 鼻痔 息肉 ハナタケ」

ドイツ語は、鼻腔腫瘍を意味しているが、鼻痔と息肉のソースが記されて居ない。次の書物にそれぞれ記載が見られたが、それらを典拠としたのかどうか、もちろん確証がない。

 「鼻痔」は鎌倉時代の梶原性全が撰述した「頓医抄」にあり、また「息肉」は、戦国時代に曲直瀬道三(正慶)が撰述した「啓迪集」に見られた。

 鼻痔、息肉ともに「ハナタケ」と読む。森も読み方が分らずフリガナを付けたのであろう。ハナタケは現代では鼻茸と書かれ、鼻ポリープの事である。

 

津山短報の漢文の書き込みは次で最後になる。

「LUXATION DES UNTERKIEFERS 

Der proc. Condyloideus rueckt vorn ueber die Knochen」

このドイツ語を翻訳すると、「下顎脱臼。その症状は顎関節の顆状関節が前方に突き出ている。」

つまり、我々の耳前部辺りに顎関節があり、その位置に本来下顎骨の関節突起が関節窩に納まって居るわけで、脱臼により下顎関節突起がその前方にとどまってしまい、その為に耳前部の前方部外方への突出が肉眼的に見られると云うことである。

 それで森の書き込みは、「落架風。頬車病。頷。車蹉」であり、またも出典がない。

 華岡青洲門下の本間玄調著の「瘍科秘録」に、「落架風ハ又頬車蹉、落下顔、脱頷等ノ別名アリ、乃チアゴノハヅレルナリ」とあるが、これを典拠とするのであろうか。そうであれば正しくは「落架風。頬車病。頷。車蹉」になる。

 

 ちなみに落架風と云えば「カズイスチカ」の最初の症例である。

 

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