だいぶ昔に書いたザンビア(密)入国記
ちなみに隊員は勝手によその国に行ってはいけません

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日本に帰国前の11月、S君(SE隊員)とともにカリバ方面に出発。
目的地はCHIRUNDU(チルンドゥ:ジンバブエ-ザンビアの国境)
目的はずばりザンビア入国、最低でも国境見学

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まずバスでHARAREからKAROI(カロイ)
途中バスのアクシデントはあって時間は食ったが取り合えず突破。

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KAROIで乗り換えKARIBA(カリバ)方面へ。
CHIRUNDUに行くためには途中MAKUTI(マクティ)で乗り換え。

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MAKUTIで降りてみれば・・・ 
そこは何も無い。
ビアホールというかドライブインはあるが・・・
おまけにCHIRUNDUに行くバスがぜんぜん来ない
(KARIBA行きのバスはたくさん来るが・・・)

だんだん夕方になってくるしこれはやばい!
CHIRUNDUに行けそうに無かったらとりあえずKARIBAに行って泊まろうかと諦めかけていた。

諦めかけていたその時、ようやくヒッチの車を捕まえることが出来た!
トラックだった。

 (おまけ)  MAKUTIで見つけた看板
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車に揺られ一路北へ。
途中からつづら折となってザンベジ川の方へ降りていく。
ものの見事に何も無し。

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CHIRUNDUに着いた頃はもう暗くなっていた。
今日のところはザンビアに渡るのは無理そうだ。

実際はCHIRUNDUは国境の町だから何か泊まるとこもあるだろうと思っていたが・・・
思っていたよりも小さい町らしく何もなさそう。

おまけに暗いし・・・

ふと見ると道路を野生の象が横断している。
ここでは動物様の方が強いらしい。


S君とさあどうしようかと思案して
取り合えずジュースでも飲むかとガソリンスタンドへ行く途中・・・

ふと見ると「看板」があった。

それには「K島」と書いてあった。(ローマ字で)
K島は日本のスーパーゼネコンだ。
そういえば国境のCHIRUNDU橋が日本のODAでかけなおすというニュースを前に新聞で見た。
その現場がCHIRUNDUにあるのか!!!
 

S君と相談の上、私の職種が土木施工だからK島の現場に行って現場見学をしに来たといえば、同じ日本人だから泊めてくれるに違いないということに落ち着いた。
(今思うとアポ無しの社会人とは思えない安直な考え・・・)

それじゃあK島の現場に行きましょうかということでガソリンスタンドでヒッチをする。
まあヒッチはすぐに見つかった。
より相場より高い金でタクシーとして行ってくれるとのこと。

歩いていけないかと聞いたら、無理だと。
ライオンやら象やらがうろうろして危険だそうだ。

確かにさっき道を象が横断していたから危ないかもしれない。
道もよう分からんし・・・


仕方が無いからちょっと高めの金で車で送ってもらった。
車に乗ってみると、やっぱり夜歩くにしてはちょっと距離がある。
車でよかった・・・

こんなとこの現場だから当然柵に囲まれてゲートがある。
そこにはセキュリティーが当然いるが、自分達は日本人(まあ彼らにしたら東洋人?)なので、あまり詮索されず通してくれた。
 
セキュリティーが日本人のいる現場宿舎まで案内してくれて、さあ頼んでみるかと思っていたら・・・
なんやら中から音楽が。
窓から覗いてみるとK島の日本人のみなさんが音楽にあわせて踊っている。
何をしているのだろう???

セキュリティーが窓をたたいて知らせてくれるがなかなか気づかない。
ようやっと気づいてくれ、我々を発見すると驚いていた。
そりゃあ当然だろうな。
こんなとこに夜、見知らぬ日本人が2人もいるんだもん。

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宿舎の中にいれてくれて、それで私が説明を始めた。
我々は協力隊で、自分の職種は土木施工。
今は休職中であるが日本ではM建設工業に勤めていてCHURUNDU橋の見学に来ました云々。

そしたら歓待してくれて泊めてくれるとの事。

飯も出してくれた。コックさんはフィリピン人だ。
前のフィリピンの現場からそのまま引き継いで雇っているとのこと。

久々の日本米。おいしかった。

そういえばさっきの踊りはジンバブエの日本人会のクリスマスの出し物だそうだ。
またこの現場の周りはライオンがやはりたくさんいるそうで・・・
現場をぐるりと電流の柵で囲っているとの事。

歩いてこなくて良かった・・・

夜は現場宿舎で寝た。エアコンが入っていて気持ちいい。

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翌日・・・

我々は本当はザンビアに行こうとしてきたのだが・・・

現場見学に来たということになっているので、現場見学を。

まず事務所で説明を受けてから現場へ。
工法としてはキャンチレバーでデビダーク工法だそうだ(だったと思う)
橋脚を上げて、左右にやじろべえのように橋を張り出していく。

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橋梁の現場は見たことが無いので面白かった。

SUPERVISOR(現場監督)としては南アの白人達が働いていた。
日本人、南ア人、ジンバブエ人、ザンビア人が共同で働いているとの事。

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ひょんなことで現場見学をすることになったが、それはそれで勉強になった。