19歳、大学一年の時、単車の免許を取った。


免許を取ったら当然単車に乗りたくなるわけで、まあ単車をローンで買った。

その単車はNSR(88年式)だった。


免許を取るまで単車にはぜんぜん興味がなく良く分からなかった。

取り合えず速いのが良いだろうと思って、NSRにしてみたわけだ。


確か夏に買ったと思う。それで早速NSRに乗って実家に帰った。

当時私は金沢にいて、単車で東京に帰ったわけだ。


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まあ結構疲れたが、無事帰省。

帰りはもう単車で帰るのが嫌になるが・・・ レーサーレプリカは長距離は腰が疲れる・・・

でも・・・

実家においておくことも出来ないので、乗って帰った。

まあこれも無事金沢にたどり着いた。


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金沢に帰って何日もしないうちに、大学のサークルの人達とボーリングに行くことになった。

じゃあバイクで先に行っていますよってことで先発。


金沢の武蔵が辻の交差点で信号待ちになった。

一番前に並んでいて、信号が青になって飛び出した。

進行方向は南から北へ、駅方面に向かって進んだ。名鉄百貨店のところで道は左カーブとなる・・・

多分中央の白線を踏んだのであろうか?

急に横滑りして対向車線へ。対向車線からはバスが来る!

私は左カーブで左に体が投げ出された。

単車はそのまま直進して、対向車線のバスへ。

そしてバスの下に飲み込まれ、下敷き。

私はごろごろ転がったが、呆然。


何が起きたか分からなかった。立ち上がって、ようやく事故だって分かった。

ちなみに服装はT-シャツだったから左腕は擦り傷で血が結構ダラダラ。
 

丁度単車はガソリン満タン状態であった。

バスの下敷きとなって踏み潰されてガソリンはでるは、怪我人(自分であるが)はいるで、

誰が呼んだのか分からないが、警察、救急車、消防車と全部来た。


バスの運転手からバスが動かなくなったと言われ結構びびった。

バスなんか壊れたら結構高いんじゃないか?


困っているうちに自分は取り合えず救急車に乗せられて病院へ行って手当てを受けた。

まあ擦り傷であったので怪我自体は大したことは無かった(擦り傷は酷かったが・・・)。


手当てが終ったら、警察が病院へ来ていて事情聴収。

そしてバイクが邪魔だから早急にあの場所からどかしてくれって言われた。

どかせっていわれても捨てて帰るわけには行かないから持って帰らないといけない・・・


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腕に包帯を巻かれたまま現場に戻ると、動かなくなっていたバスはもういなかった。

ああ良かった。取り合えず直って動いたらしい。

バイクは?ってみると、歩道上にタンクが破裂して、いろんなとこがひん曲がった無残な状態で置かれてる。


取り合えず、キックでエンジンをかけてみるが動かない。

当たり前だ。タンクがつぶれてるもの。


仕方が無いので押して帰ることにした。

武蔵が辻から小立野(当時住んでたところ)は歩くと結構ある。

しかもぶっ壊れたバイクを押して。さらに小立野は台地だから登り勾配だ。

どのくらいかかっただろう。2時間ぐらいだったか。とにかく坂が疲れた。

バイクもまっすぐ進まないし。

当時は携帯なんてまだ無かったからボーリングに行った人達に連絡は取れない。

まあ仕方が無い・・・


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ようやく下宿にたどり着くと・・・


当時私は飯付下宿の4Fに住んでいた。


部屋の中から笑い声が。

自分の部屋は鍵を無くしていて、鍵はかけていなかったので普段から他人の出入り自由であった。


部屋を開けてみると・・・


ボーリングに行った人達が部屋の中で2卓ぐらい作って麻雀を。

あんまり遅いからボーリングが終って来たらしい。

私がどっかに所用で行ったと思っていたらしい。


汗だくで腕には包帯グルグルの私は一挙に力を無くしたのであった。


結局最初に買ったバイクは金沢-東京間を往復しただけで、1週間でその命が尽きた。


ちなみに当然のことながらローンは続いたのであります・・・