小説・捨てていく話 | Chipapa の備忘録
小さい頃、「ちいさいモモちゃん
」 、「モモちゃんとプー
」、「モモちゃんとアカネちゃん」
「ちいさいアカネちゃん
」は、私の愛読書だった。
その後、ずーっと大きくなって、会社に入ってからかな、ちょっと疲れたとき、児童文学が読みたくなる私は 「アカネちゃんとお客さんのパパ
」という、その続きの本を本屋で見つけて読んだ。その後も、つい最近、「アカネちゃんのなみだの海
」 を読んだ。これで、モモちゃんとアカネちゃんシリーズ完読である。
モモちゃんとアカネちゃんシリーズには、パパとママの離婚など、およそ子供向けの本では書くのがとても難しいことが、上手に表現されていると思う。子供の頃は、くつだけのパパが帰ってくる話、ママが死神に会った話など、なんだか、暗くてドロドロしていて、でもなんだか知りたい、でも、知りたくない、きちんと聞いちゃいけないような気がする、でも、聞きたい、っていう、なんともいえない怖さの中で読んだものだ。
大人になって、2人の子供を持った今、このシリーズを書いた松谷みよ子さんの、ママとして、ではなく、女として、夫婦として夫とどんな関係だったのだろうか、という部分が気になっていたら、こんな本を見つけた。
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- 「小説・捨てていく話
」
- (著者: 松谷 みよ子)
なんだか、しんみりとした。どうして、モモちゃんとアカネちゃんのママは、森のおばあさんに会いに行ったのか、死神がきたのか、くつだけのパパが帰ってきたのか。どうしてパパおおかみなのか、おいしいものの好きなくまさんはどんな存在なのか、ママはどんな気持ちで子供達を育てたのか。そう、それから、黒猫のプーって本当にいたのか。
そんなことが、一つ一つはがれるように分かってきた。そして、どうして「捨てていく話」なのか。
自分の身体に病気をかかえ、劇団を主宰する詩的で激情的な夫を持ち、自分の仕事を持ち、頼れる自分自身の親戚も少なく、どんな思いで、2人の娘を育ててきたのか。ものすごく、必死に必死に育ててきたんだと思う。一生懸命、生きてきたんだと思う。地を這うように、捨てることが出来ずに。
モモちゃんとアカネちゃんシリーズのナゾが知りたい方が読んだら、ちょっとはスッキリするかもしれない。

