息子の絵。タイトルは「すごい天気」
【楽しい話ではないので気持ちが引っ張られやすい方はそっと閉じてください】
私が鬱を再発し、ロックダウンの経過やネットでの人々の呟き、心理学の本や動画等を見て考えたことをつらつら綴っているだけです。
これが正解なのではなく、現時点での私に合った処方箋であるというだけです。
その点を踏まえて、お付き合いくださる方はどうぞ。
こんな時世で、孤独を感じる人は増えているでしょう。
一人でいることと孤独なことは違う。
私も一人でいるのは好きだし、一人時間が全くないとしんどくなります。でも孤独には弱いです。
一人でも誰かと繋がっていると思えれば孤独ではないし、大勢の人に囲まれていても繋がりが感じられなければ孤独です。
①繋がりを感じて孤独ではなくなるか、
②孤独に対して強くなるか、
なるべく穏やかに生きるには、この二択なのではないかと思うのです。
①ができれば理想です。
人をもっとも幸福にしてくれるのは良好な人間関係だそうです。
「自立する」というのは「よりどころ(依存先)をたくさん持つ」ことでもあるって言いますよね。秘密を守り合える、思うと心があたたかくなる、そんな「友達」と、離れていても繋がっていると感じられたら、孤独は遠くなるのかもしれません。
でも私がしたいのは②の話です。
孤独に強い人はどんな人?
メンタリストのDaiGoさん曰く、「自分と向き合える人」だそうです。
また、Twitterで見た別の意見は「自己完結できるもの(趣味や勉強)を持っている人」でした。
なるほど。自分と向き合い、自己完結できる何かがある人……
じゃあ絵を描く趣味などおあつらえむきなのでは?と思うかもしれません。
しかし問題がある。私は、自分の絵を人に見てもらうのが好き。好きなものや感情を「共有」するのが好き。自分は「共有」したくて絵を描いている。と考えていました。
だから絵が描けたら昔から周囲に見て見て!してたし、今はTwitterやブログに上げる。
見てほしい。「共有」させてほしい。
「上手だね」以上に「わかる」がほしい。
そういう絵描きです。
でもこれだと自己完結はしません。
見てくれる「誰か」が必要になる。
でも自分の絵を見てくれる人、求めてくれる人を常に感じられるなんてことはありません。
創作する人間なら、この「孤独」を感じたことは多いのでは?
だからよく言われます。
「自分のために創作しよう」って。
もうTwitterで何べんこの手のツイートがバズって回ってきたかわかりません。
わかってるよ!創作は自分のため!絵を描くのは自分のため!でも!「誰か」と「共有」できないとあまりに「孤独」でつらい。絵に限らず。
孤独はこわい。淋しい。つらい。
よりどころのないまま自責を繰り返す。
苦しい。世界中の誰も自分のことなんて気にかけていない気がする。さびしい。
そしてそんな自分をさらに「おっ、悲劇のヒロイン気取りか?」と揶揄する自分も現れて。
もう負のループが止まらない。やばい。
どんどんコントロール感を失い、先の見通しも立たず、病んでいく。
孤独は余裕で脳を壊すと思います。
そうなれば自己治癒にこだわらず、きちんとした治療を受けるべきだと思います。
抗うつ剤は浮き輪です。空を飛ぶことはできないけれど溺れないようにしてくれる。
「自分はそこまでじゃない」って抑鬱状態の人は我慢しようとする。一人で助けも借りずに泳がないといけないって思ってる。
薬でやっと自分の中身が戻ってきて、「普通」であろうラインに立てたら、考えます。
「どうしたら再発を減らしてゆけるか」
無くすことは難しいでしょう。
二度あることは三度ある、と思っていたほうがいい。
私の鬱の発生源は強い孤独感ではないか。
抑鬱状態になると疑心暗鬼になって繋がりを信じるどころではないので。
じゃあ孤独に耐えられるようになるしかない。
自分と向き合い、自己完結するものを持つ。
そんなもの持ってない!
でもzoomカウンセリングを続ける中で、先生から言われました。
「“絵を描きたい”と思えることは貴方にとってとても大事なことのようですね」
絵を人に見てもらうことじゃなくて?
「絵を描きたい」と思えるだけでいい?
そうかもしれない。
絵を描きたいと思えて、絵を描いている時、自分はとても癒されている。
その時点ですごく価値のあることなのでは?
誰にも見てもらえなくても、誰もわかってくれなくても、誰のためにもならなくても。
小さい頃から絵を描くことで無意識に自分を治療していたのかもしれない。
振り返れば、傷が深いほど絵に没頭していたように思う。
癒されたい、救われたい、ので、描く。
誰かが見て、共感してくれたら、それは嬉しい副産物として享受する。
自分のために創作しよう、ってこういうことだったんだ。全然わかっていなかった。
文章にしてみたら当たり前のような「気づき」ですが、私にとっては大きかった。
自己完結できるもの、自分がそうしたいからするもの。誰のためにもならなくていいもの。
それは勉強、運動、芸術、読書、美容など人によって違うと思います。
せっかく好きなものでも「誰か」ばかりを意識していると見失うかもしれません。
それは上達するためには必要なことかもしれないですが、脆い部分もあります。
私が馬鹿なだけかもしれないけど、もしこれから孤独を感じて辛くなったら、自分のためだけの、何の役にも立たなくていい、自己完結できるものを探してみてください。
孤独を感じないほどの繋がりを持っている方は、羨ましいです。大切にしてください。
たぶんまた忘れるから、備忘録。
【一人でできることが癒しなら、貴方は潤いをくれる人です。読んでくださり、ありがとうございました!】
