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趣味で戦国時代のお城の研究をやっています。
発掘調査現地説明会やホームページの更新情報を掲載しています。

日本史専攻でしたが、正直、史料解釈は苦手です(;´Д`)
 
で、本とか論文の解釈を参考することが多いわけなんですが・・・・・・先ほど、この史料の解釈が気になりました。
 
 
 
(永禄3年)9月3日付白川晴綱宛北条氏康書状
(『戦国遺文』後北条氏編641号、または、『千葉県の歴史』資料編中世4-222頁)
 
「芳札披閲候、抑 関宿様江言上御申之由、目出珍重候、御満足之段、以御次可及披露候、就中佐竹御間之儀、一両度雖及意見候、無納得候、遠境与云、我等助言不可届候……(以下略)」
 
 
この解釈なんですが、下山治久『戦国時代年表 後北条氏編』(東京堂出版、2010)には、
 
「晴綱と佐竹義昭との和睦仲介については1・2度意見を足利義氏に意見したが聞き入れられず、遠いので我等の意見も届かず…」(116頁)
 
と書かれています。
 
 
んーでもちょっと待て、と。
 
文面を見ると、「無納得」と、尊敬表現を抜いている点が気になります。
もし足利義氏が納得しないのであれば、「無御納得」と記すのではないのか?
北条氏康にとって足利義氏は、「抑 関宿様」と、名前の上に1文字分空白を置いて(「闕字」(けつじ)といいます)、敬意を表す必要がある人。「無納得」と尊敬表現を抜いて、簡単に言えばタメ口で話せる間柄ではないはずなのです。
 
よって、氏康が意見したのは、足利義氏ではなく、佐竹氏であったと考えるのが妥当なんじゃないかな、と思っています。
違ってたらすいませんm(__)m
 
 
やっぱり、本の内容を鵜呑みにするのではなく、自分でそれが正しいか判断できる解釈力を身に着けないとだめなのかな……><楽しちゃだめですね(;´Д`)