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ほらあな通信

家族の日記。離れて暮らしている両親や友人に、我が家の様子を伝えています (^-^)

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<写真: 2016年10月25日(火) 簾&響、自宅にて>

 

今年も将棋大会の季節がやってきました。
 
児童館の将棋大会の決勝戦
三男の響(年長)が小学4年生のお兄さんと対局した時のこと。
 
中飛車で攻めていた響のが相手の飛車先に成り込みました。
飛車を狙っているようにも見えますが、
実は銀が動いたことによって自陣の飛車
居玉だった相手の王を真っ直ぐ睨んでいたのです。
相手は王手を見落として飛車を逃がしてしまったので、
その瞬間に響の勝利が決まりました。
 
と、そこまでは良かったのですが、
「王手だよ!」と響が言ったので、私が間髪入れず
「ありがとうございましたって、挨拶するの!」と言ってしまったのです。
 
その場に流れるイヤ~な空気。
相手の親子は黙って席を立ってしまいました。
「王手だよ!」と響が言った時、相手は既に飛車を逃がして
手を離してしまっていたので響の勝ちは決まっていたのですが、
咄嗟に『指し手を変えられては大変』という気持ちが働いて、
言ったもん勝ちのように終了の挨拶を促してしまいました。
 
その間といい、言い方といい、いかにも
『早く勝利宣言しちゃいなさい!』
『うちの子の勝ちですから!』というニュアンスありありで、
超感じの悪い母親になってしまいました。
 
あの時、どうしてもっと心に余裕を持って、
「王手に気付かなかったんだね。残念だけどしょうがないね」
ぐらいのことが言えなかったのだろう。
 
大人気ない。
恥ずかしい。
非常に後味の悪い対局となりました。
 
ただ一つ弁解させてもらうと、
実は数年前に次男の簾(現在小学3年生)が同じような体験をした時、
相手が簾の指摘で王手に気付いて
指し手を変えてしまったことがあったのです。
 
本来は簾が王手を指摘した時点で簾の勝ちが決まりなのですが、
年上の相手に言い負かされて対局を続けた結果、
簾の敗北となって無念の悔し涙を流しました。
大きな会場で親は離れたエリアから見ていたので、
簾から事情を聞いた時には後の祭りでした。
 
だから今回は勝敗を覆させまいとばかり、
我ながらムキになってしまったようです(^^;
 
翌日、ビッグサイトで行われた国内最大級の将棋大会に行きました。
響はいかにも賢そうな眼鏡のお兄さんと対局して負けました。
対局後に感想戦(反省会)をして、
お兄さんが響に敗因を教えてくれました。
 
勝っても後味の悪かった前日とは対照的に、
負けても非常に気持ちの良い一局でした。
 
将棋は「負けて成長する」と言われますが、
勝っても負けても人としての対応が試されるものですね。
いや将棋に限らず何でもそうですよね。

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<写真: 2015年09月26日(土) 耀簾響、自宅にて>


今日は児童館の将棋大会でした。

毎年9月と2月に行われていて、

去年の9月は耀(当時3年生)が優勝、簾(当時1年生)が準優勝

今年の2月は耀が体調を崩して出場できず、簾が初優勝を飾りました。

そして迎えた今日、耀と簾の棋力は互角

「みんなの前で弟に負けたくないな・・・」と言いながら、

耀は野球の練習を早退して児童館に向かいました。

ママと響も児童館へ。

大会に出場できるのは小学生だけですが、

対局の終わった小学生のお兄ちゃんたちに、

響も相手をしてもらえるかもしれません。

同じ小学校のお友達20人ぐらいのアットホームな大会なので、

響を場慣れさせるにはピッタリの機会なのです。

14時半5分前に児童館に着くと、

なんと将棋大会が始まっているではありませんか!

毎月の将棋は14時半からなのですが、

将棋大会は14時からとのこと。

ママがうっかり勘違いをしていたのです!

どうしようかと思ったら、普段からよく知っている先生たちが、

耀と簾もトーナメントに入れるように手配してくださいました。

が、初戦から予想外の兄弟対決

本来なら優勝候補の二人が、いきなり潰し合いになってしまいました。

決勝戦で闘えるものと思っていただけにショックでしたが、

30分遅れてきたにも拘わらず出場させてもらえたのですから、

文句は言えません。

ママの動揺をよそに、耀簾は素早く気持ちを切り換えて対局開始

黙々と将棋を指し始めました。

耀が優勢で終盤を迎えました。

飛車が成り込んで簾の囲いを崩しています。

でもまだ分かりません。

いつも一瞬の隙を付いて形勢逆転する簾。

ここを守り切りさえすれば、持ち駒には金も銀も十分あります。

耀としては絶対に反撃に転じさせたくないところ。

攻撃の手を緩めません。

これでもか!

これでもか!と攻め続け、

ついに龍と馬で簾の王を詰ませました

フーッ。

どちらが勝っても溜め息が出ます(笑)

珍しくをこぼす簾。

黙ってティッシュを渡してやりました。

かける言葉がありません。

部屋から出て話を聞いてみると、

さも悔しそうに、「一手間違えちゃった」と涙声

終盤で銀をただ取りさせてしまったのが敗因だったそうです。

決勝戦ならまだしも、ママが時間を間違えたせいで、

前回覇者の簾が、

まさかの初戦敗退という屈辱を味わうことになろうとは、

母としても後悔が残りますが、どうしようもありません。

耀の方は兄の面目を保って一安心。

その後も危なげなく勝ち進み、

決勝戦では対局開始から3分もたたないうちに

相手の王を詰ませてしまいました。

これで5度目優勝です☆

響はというと、

「この子、山田くんの弟。」

「強いんだよ。」

「オレやりたい!」

「オレもやりたい!」

小学生のお兄ちゃんたちに囲まれて、

何度も対局させてもらいました。

低学年には勝てるだろうと思っていましたが、

5年生にも勝ってしまい、

「君いくつ?

「4歳。」

「えーっ!?」とみんなを驚かせていました。

11月には東京ビッグサイト将棋大会デビューの予定。

耀簾響とも、これからが楽しみです♪

 4歳の息子が右肘を骨折しました。いつも元気で活発な三男坊。飲食店のカウンターに並んでいた回転椅子に座ってクルクル回りながら遊んでいるうちに、うっかりバランスを崩して床に転落してしまったのです。右肘が膨れ上がって変形するほどの大怪我を負い、救急車で病院に搬送されて、真夜中に全身麻酔で緊急手術を受ける一大事となりました。


 幸い術後の経過も良く、二、三日で日常生活を取り戻すことができました。骨が折れたことなど忘れたように、園庭を自由自在に走り回っている三男ですが、通院時には神妙な面持ちになります。レントゲンを撮ってもらったり、ギブスを付け替えてもらったり、痛いことではなくても、小さな男の子にとってはとても不安なようです。そんな時、私は息子の不安を少しでも和らげようと思って、「心配ないよ。痛くないから。」「大丈夫。みんな優しい人ばっかりだよ。」「ママもすぐ傍にいるからね」と沢山言葉を掛けます。


 そういえば、私の母は私が不安がっても優しい言葉を掛けるタイプではありませんでした。小学生の時、歯医者さんの待合室で、「虫歯の治療、痛いかな?」と聞いたら、「大したことないわよ」とあっさり言われたのをよく覚えています。私は子ども心に、「お母さんは私の気持ちを分かってくれない」と思いました。


 さて、三男の右肘には、折れてしまった骨を固定するための針金が入っています。新しい骨がしっかりできたら、針金を取るためにもう一度手術をしなければなりません。まだ4歳なので、手術の時にはまた全身麻酔をします。左腕に太い注射をして、点滴で麻酔薬を入れていきます。麻酔から覚めた後は丸一日、痛みと高熱に耐えなければなりません。


 そのことを三男にどのタイミングでどのように伝えるか迷っています。あまり早くから言うと憂鬱な期間が長くなって可哀想だから、ギリギリまで黙っていようかな。仰々しく言うと不安が増して可哀想だから、サラッと言おうかな。「手術って痛いの?」と三男が聞いてきたら、「大したことないよ」とあっさり言うつもりです。本当はとっても可哀想でとっても心配ですが、全然気にしていないように振る舞うつもりです。だって私が不安を前面に出してしまったら、本人がますます不安になって、それこそ可哀想だからです。


 もしかしたら三男は、「ママはぼくの気持ちを全然分かってくれない」と思うかもしれません。本当はその反対で、三男の気持ちを察しているからこそ、不安に気付いていない振りをするつもりなのですが・・・と、そこまで考えてハッとしました。私は息子に対して、かつての母と全く同じことをしているではありませんか!


 あぁ、そうか!母も私の気持ちをよく分かっていたからこそ、あえて突き放したような言い方をしていたのかもしれません。お料理が上手で家族想いの母でした。そんな優しい母が、娘の不安に気付かないはずはありません。よくよく考えてみると、あのあっさりした態度は、深い愛情の裏返しだったに違いないという気がしてきます。


 立場が変わると、物の見方がなんと変わることでしょう。例えば「親」としての私は、いつか子どもたちと別々の家で暮らす日が来るなんて、今はまだ想像もしたくないほど寂しいことのように思えます。でも「娘」としての私はというと、海外留学をしたり一人暮らしをしたり、親の意向とは関係なくサッサと親元を離れてしまいました。


 何かと厳しくて窮屈だったので、自由になりたくて仕方なかったのです。厳しいのは大事にされているからだと思えるほど大人ではありませんでした。家を出ていく前は、自分がちゃんとやっていけるかどうかということで頭が一杯で、親が寂しくなるかもしれないなどとは思いもしませんでした。そんな私のことを黙って送り出してくれた両親。本当はどんな胸の内だったのだろうと思うと、今更ながら「酷なことをしたな」と思います。


 みなさんにも、ご両親について思い当たることはありませんか。私たちは、お父さんに怒られた時、お母さんに背を向けられた時、自分なりに理由を見出して歩き続けます。「お父さんは私のことを好きじゃないから・・・」とか、「お母さんは私に興味がないから・・・」などと、勝手に思い込んで傷付いてしまうことも多いようです。


 お父さんやお母さんは、本当に私たちを傷付けるような存在なのでしょうか。もしかしたら私たちが見出した理由の奥に、あの頃の自分には想像もできなかった深い愛情が隠れていたのかもしれません。お父さんは、私たちのことが可愛くて仕方なかったからこそ、あんなに怒ったのかもしれません。お母さんは、私たちのことが気になって仕方なかったからこそ、距離を置いたのかもしれません。


 過去の傷付いた経験を、「あの時の自分が実はとても愛されていたとしたら・・・」という視点で振り返ってみる時、私たちは相手の本当の気持ちを理解することができるのかもしれません。