366. 雨情先生のお軸を拝見しつつ
ロビーの一角に出来た 野口 雨情 先生の お軸を観ながら思った事。
しばらく前にも書きました( 357 )が 祖父の強い熱情にも影響を受けずに
今日まで我が宿に残っていてもらえたのは いわゆる 世間での流通性が
無かったからかも、と言うのを 改めてしみじみ感じました。
「 来るか 来るかと 千代橋なか( が )め なくは
河鹿と わしは( ば )かり 」
待ち人をされていた( らしい )先生が 眼の前の、現存する 千代橋という橋を
眺められながら 詠まれたものらしい・・・です。
一方の 河東 碧梧桐 先生のものは
「 しぐるるや 湯の香も ほのと すすぎもの 」
今は 露天風呂風に 模様替えした 洗濯場が 僕の子供時分まで存在して
いた。公衆浴場の湯つぼからあふれたお湯を利用してすすぐ
方法として機能していたのだが この施設が わが宿の隣のその浴場のすぐ
前にあって そこでの情景を詠まれたもので やはり この湯本温泉にある
からこそ生きる作品のようです。
内容そのものの分析や説明については 不案内な僕のような者が観ても
やっぱり 書かれた 字 自体は 品があるというか 素直に素敵な書だと
感じられるものです。
一年に何回か お申し出頂いた方だけに 担当の母が 客室でお下げして
鑑賞して頂いた時に 垣間見るだけでは味わえない ほのぼのとした気持ちが
ふつふつと沸いてきた 宿屋の おやじ なのでした。