357. 静かな雨が降っています  | 宿屋のおやじ日記

357. 静かな雨が降っています 

昨夜も 「 細かい雨が降っていますから あくまでも お客様の『 運 』 頼み

で申し訳ないのですが ひょっとしたら 何匹かのホタルの鑑賞が可能かも 」

というご案内を 客室でしたのだけれど どうだったのでしょうか。


僕の観察では 23時頃に 四匹の光が観えて とりあえずは安心して帰宅した

のではあるけれど。


とにもかくにも 精一杯見守り続けて 我が家の そして 我が宿の前のホタル

の状態はお伝えし続けます。


半分は ネタ不足の感がミエミエ アリアリではありますが どうぞ 御容赦を。


現在 検討中の企画でも 書きますか。


以前から 歴史が古いわりに いわゆる お宝が少ない・・・・という御指摘を

頂いた事もあったのだけれど これは 以前書いたかもしれません。


何せ「 じゃらん 」さん「 楽天 」さんからのお客様からのご感想のお返事や

時々 雑誌に記事を書いたりする事の増えた中で どこに何を書いたかの

頭脳内での整理が 少し不安定になっていて もしこのブログに書いていたと

したら 早目にお断りしておきます。


私の父の父 すなわち 祖父が 大変な愛国者でありまして、というか当時は

それが当たり前の事で ことさらに それを強調しても 仕方の無いことなの

だけれど どのくらい国を愛していたかといいますと この地域における

大政翼賛会のお世話をさせて頂くくらい熱心だったのです。


その熱い想いの元で 当時 我が家にあった 弓矢を始め刀剣類はもとより

額縁 絵画 お経本にいたるまで 全てを あるものは そのまま、あるものは

お金に換えまして 国に供出した歴史があったのですよ。


母が嫁いできてまもなくの頃 「 お宅から頂いた お経本を お寺の宝物に

しております 。」とお礼に来られた方もあったらしいと言う事も 聞いたことが

あります。


そんなこんなで 昭和二十年の八月十五日に 我が宿に存在した 鉄の

製品は 「 これだけは 絶対に渡さない 」と反対した 彼の相方 つまり僕の

祖母が ある時は お客様のお布団の中に またあるときは 押入れの中に

隠し続けた 小さな鉄瓶 つまり やかん が一つあっただけらしい。


最近の各種テレビを観ていたら 正直、残念に思わない、といえば ウソになる

けれど ただ一方で その歴史があったから 何らかの大きな力に見守って

きてもらえたのかもと言う、そんな気も強く存在していて 今では 僕が一歳に

なる直前に死んだこの祖父に大きな感謝もしているのです。  


そんな時代の中で どういうわけか 残り続けたのが 赤い靴 や数々の詩の

作者である 野口雨情 氏 と 河東碧梧桐 氏の 二幅の掛け軸だった

のです。


雨情氏のお軸は 七年前に出来た河川公園に作って頂いた石碑にも刻んで

頂いているのですが このときに 市役所の方から 茨城県の野口雨情 

記念館に鑑定依頼をして頂いて 認めていただいたものです。 


一方の 碧梧桐 氏のものにつきましては 六角堂さんにも 何幅かあるように

聞いております。ここの社長は「 たしかに 何幅かあるんだけれど 作品全部

に 『 六角堂さんへ 』とか『 秋山さんへ 』なんて書いてあるんだよ。残念だ

けれど。」と 笑いながらお話されていましたし しばらく滞在されていた史実も

あるようですので 間違いの無いものと理解しております。


その作品を 今までは 御興味をもたれて 希望された方だけに御覧頂いて

いたのですが 今回 いっそそれなりの入れ物を作って 皆様に鑑賞して

いただこうかということにしたのです。


一方で 守りの設備も考えながら ロビーの一角にと企画しています。


ただ 我がお宿で詠まれた歌だけに 言葉の内容から 別の場所に存在

したらすぐ 盗難品だと分かる品 というか いわゆる流通には 不適、

そういう仕掛けにはなっています。


ネタ不足だといいながら 何と長文。どうぞ お許しを。

読み返しが面倒で このまま 載せます。御不明の部分がありましたら サラッ

と読み飛ばされて下さい。


                           宿屋の おやじ でした。