64. 単独行動の習慣 | 宿屋のおやじ日記

64. 単独行動の習慣

前章の「 63. 」で書いたが 日本を離れて 自由に行動ができるように

なると つい 一人で出かけたがる。どこの各空港でも案内コーナーに

置いてあるパンフやチラシを見て 早いときには その場で申込みをして

タクシーで出かける。勿論 ツアコンさんには機内でキチンと説明はして

いる。

始めの頃はやれ「 責任は 」とか 「 他の皆様に ご迷惑が 」とか

アレコレ忠告をうけていたが そのうちに社内での申し送りもあるようで 

「 はいはい 聞いています。気をつけて。出発は・・日の・・空港ですから

 」と 軽くいなされるようになった。

 そしてタクシーで必ず最初に寄るのは その国というか その地域に

おける戦争で命を落とされた方々の墓所である。

ハワイ グァム サイパン 台湾 返還前の香港 インドネシア マレーシア

シンガポール オーストラリア等などで焼香をさせて頂きながら お礼と

これからの行動のお詫びをして旅がスタートする。 

始めの頃は 行き先の呼び方が分からず 随分と苦労したが そのうち 

ジャパニーズ メモリアル で通じる事を知った。そして どこの墓所も

立派に整備されていて 驚くことも多かった。

どこのタクシーでも 「 あなたみたいな人は 珍しい 」と話して頂いていた

が 特にホノルルから乗車したタクシーでは 日系の方だったらしくて

「 あなたみたいな人と初めて出あった。嬉しいうれしい。ありがとう。 」を

連発され 「 僕みたいな日本人もいるって事を知っていて欲しい。 」と

応えたらぽろぽろとと涙を流されて 少々動揺したことも思い出される。

ここでおことわり。あまり上手とはいえない僕の英語であるからして 会話の

内容も 多分こうであろうと 推測の範囲であることは ご理解いただきたい。


珍しいスポーツとして体験したのをあげると

ハワイの スカイダイビング ハングライダー ハーレー借りての一人ツアー

オーストラリアの バンジージャンプ

台湾の 川下り

射撃や スキューバは あちらこちらで体験しているが ハワイで海底の砂浜

に沈む飛行機の操縦席に座ったときには 正直 涙が出た。

それぞれの思い出は いずれ 話すとして これから 出かけられる若い方

には 積極的に自分から動いて 楽しい思い出を作って欲しいと願うばかり。

豪州の 50メートルのバンジーでは マジック テープ付きのロープで足首を 

クルクルっと巻かれただけで カモーン と言われ 足首を指差して

オンリー ディス? とビビって反論。イエース、ノープロブレム、ついには 

ユーアー ヤング まで言われて飛んだが 4500メートルのスカイダイブより

怖かった。