46. 今夏 ゆかたまつり の取り組みと 高校二年の初酒飲み
二年前に 湯本温泉全体の取組みとして「 ゆかたまつり(企画委員会) 」が
スタートしました。なかなか好評で昨年もそれなりの成果が出て 今年も
開催の予定です。先日 旅館組合でその企画委員会がありました。
今度の月例会でオーケーが出て きちんとした検討が始まります。
ただ 委員会自体が青年部の全員と親会でも青年部に一番近い 僕と
六角堂の秋山社長がメンバーですので よっぽどのひどい企画か まるで
採算の採れない企画でしたら別として 大体通過するはずですから
ホンのさわりを一節。
この企画に申し込まれる女性にふたタイプ。泊まられたその日に 浴衣を
着て頂く方と 少々お年を召された女性が お子さんやお孫さんの為に受け
取られ お持ち帰りになるタイプ。僕たちとしては その日に着ていただいて
湯本をぶらぶら散策して頂くのが有難いのですが さりとて お持ち帰りは
不可ではありませんから 喜んでお渡ししております。 でですね、今夏は
なるべく 大勢の方々に 館外に出て頂く工夫として 湯本に二箇所ある
足湯近辺で写真を撮っていただき フォトコンテストをしてみよう。にして
おります。 なかなかいいアイディアでしょう? ? ?
キチンと決定しましたら このホームぺージはもとより 各館のHP、
湯本温泉のページでも御案内いたしますので よろしくご検討下さい。
さて 夏になると思い出す高校2年の思い出。湯本温泉の納涼祭に来て
くれた 和田かずまさ君( このブログ始めの頃のシーカヤックの担当者
として登場 ) 松永れいじ君( 高校の頃からのバイク大好き男。昨年
ハーレーを購入したらしい。) 木藤しずお君( 高校時代 ラグビーの全国
大会の二回戦で目黒高校に10得点し相手監督が激昂し 試合終了後に
生徒相手に説教しているのに興味を覚えてこっそり裏手まで聴きに行った
ことは つれづれコーナーに書きました。今は下関市内の高校教師
です )の4人が踊り回った後で 冷やかしに飲んだ日本酒の冷や。
なにせ大汗をかいた直後だったから のど越しさわやか。「 なーんだ、酒
っちゃ こんなもんか。なかなか美味いど。 」とある一人にあおられて
全員がまず一杯目。そのうちに「 意外と飲めるのー。さー競争じゃ。 」と、
イーチ ニーイ サーン と飲みも飲んだり10杯。つまり 一升。怖さを
知らない強みとはこの事か。 でやっぱり不思議なのが 体質的に 飲める
体質と 飲めない体質があるようで 僕と木藤君は 8杯でギブアップ。
あとの かずまさ と れいじ はキッチリ10杯飲んだのを記憶している。
それにしても 一晩に8合なんて その後も飲んだ事がない。そのうち
「 さあ帰るか。ええか、おーいおまえら まっすぐ歩け 」とれいじ君が号令を
かける。有難い事に 全員が朗らかでどちらからっていうと 笑い上戸で
「 おまえこそ まっすぐ行け 」「 わっはっは 」「 あっはっは 」と自宅まで
帰った。僕がどこの誰かは小さな地域だから だれもがご存知のはずだったし
警備にかなりの数のお巡りさんもいらっしゃったから 通報されたらそれまで
だったであろうけれどそんな事もなく 我が家にたどり着いた。
多分一番驚いたのが 小学校の先生をしていた叔母であろう。 玄関先で
「 まーあなたたち。どうしたの 」という一言に「 ただいまー 」と応えた事だけ
は妙に記憶に残っている。それからは ご想像通りの展開。
トイレの便器を抱きかかえて寝込む奴。高校の校歌を歌いだす奴。みずー
みず くれ、とひたすら懇願する奴。ただ黙って 縁側にもどす奴。その間を
「 まー まー 」と濡れタオルと洗面器を持って走り回る叔母。学校も随分前に
定年になり 最近少し元気のなくなった彼女だが 今も僕の事を大変に心配して
頂く。とにかく心からやさしい素晴らしい女性である。
あの時は 本当に心配をおかけしました。今も時々 お風呂に入りに来て
もらうのを有難く思っています。いつまでもお元気でいてください。
とりあえず 公開いたします。もしかすると 書き換える部分があるかも
しれませぬ。 では では。
少し書き換えました。
ちなみに トイレ関連は 号令をかけ続けて家まで引っ張ってくれた ・い・君。
後の三様は あははは、僕。教師は縁側組。かずまさは、「 くるしー 」と
言いながら よく寝ていた。その後も 強い酒飲みだったなぁ。このかずまさも
昨冬体調をくずして 今は若干おとなしめ。 今は 無病息災 は、なかなか
ないらしい。 皆様、一病息災で長い付き合いをお願いいたします。