22. 前回の話から 「初期の症状」を思い出しつつ
もう12月になりました。きれいだった地元 大寧寺 の紅葉も随分葉が散って
寂しくなりました。
救急車で搬送されてから 早8ヶ月が過ぎようとしています。自分自身は
おっかなくて なるたけ避けたい話題ではあるし 特にこんなブログでは
触れたくなかったのですが 前章の 人助け の一つにでもなればと
思いつつ指を動かし続けてみます。
入院中 退院後 私の様に 脳出血から無事生還された方の話を聞く
機会が増えました。それぞれに最初の症状は別々ですが 皆さん全て
本人か周りの人かがとにかく 異変に気付いて救急車を呼んだ、・・・というのが
共通項のようです。僕は我社の仕事で 夜中にお酒が入りすぎて意識を無く
した人が救急車で病院に行かれ 点滴をうたれた後 すぐに「 いやー
どうもすみません。ご心配かけました。」と頭をかかれながら ホテルにご帰還
なさるお姿を随分見ている事もあり 自分で救急車を要請するのに かなりの
勇気を必要としましたが やはり それが良かったようです。
まず 僕の場合。
懇親会終了後、そこから宿泊先のホテルに帰る途中に (何かヘンだと)
気付きました。最初は、(今日はよく つまずくなぁ)・・・でした。何でもない石ころ
や道路の数cmの段差に オットットとなるのです。 どこの いつの懇親会でも
精一杯飲んで 精一杯騒ぐもので 「いつもの事なのに、今日はそんなに飲ん
だっけ?」と何気なく 左足を触りましたら 触られている側の感覚がないの
です。(おっかしいなぁ。はやくホテルで寝よう)くらいの意識でした。 しばらく
行きますと 今度は 大きな電柱にドカーン。(こんな電柱が 目に入らなかった
か)と驚きながら 今度は 左手に触れてみましたら、今度は これも 触られて
いる側の手の感覚がありません。 すぐに( 何か 大変なコトが起こって
いるぞ。きっと 脳の中だなぁ )と直感で思いました。父は 脳梗塞でしたが
太ってはいるものの、毎週スイミングで泳いでいる自信のままに 寝てれば直る
はずだという 気持ちも強くありました。そのくらい 痛いとかいう自覚症状が
全然ないのです。ある人は テレビのスイッチを切ろうとして歩き始めたのに
なぜか右の壁にしか進めず異常に気付いた方、また 洋服の袖に手が入らなく
なり お父上を同じ病で亡くされた奥様が すぐに気付いて救急に連絡された方
もありました。また、車で走行中にギアチェンジが出来なくなって そのまま自分
で病院に行かれた方。等など。
「寝よう。救急で運ばれて、後で頭をかきながら 帰るのは嫌だ。」「ただ この
感覚の無いのは やはり 普通じゃない。」という二つの気持ちが心の中で
せめぎあい。手遅れになる方は、こういう時に 車で寝たり 路地で横になったり
されるそうです。 その時が ちょうど ホテルのまん前。
で 思い切ってフロントにて 「申し訳ないが、救急者を呼んでください。」と頼み
ました。これも なかなか通じず(耳の遠いフロントマンだなぁ)と少し怒ったりも
したのですが 入院後 トイレで 左半分の口か゛開かずに ゆがんでいるのを
見て( あぁ、あれは フロントマンの耳のせいではなくて、僕の言葉が出て
いなかったのか)と気付いた事もありました。
思い出に ドキドキしつつ 少々 手も震えてきます。 とにもかくにも 今は元気に
後遺症ゼロ。生かされている自分に 家族に、全ての人に ものに 事に
感謝感謝のおだやかな毎日です。
この後は 又、以前の様な 話題とペースに戻りたいと考えています。
どうぞ どうぞ よろしく。