6. 再度ロペのマスターとボンボン
再度とは言わずこれから 多分何度も登場してもらう事になると思う
けれど 2.で触れたマスターに登場していただこう。彼は、小学校
時分に北九州から転校してきてから うまがあう というやつで
もう40年の付き合いになる。
今4月から11月までの第一日曜日に 湯本温泉の中央を流れる
おとずれ川河畔にある「河川公園」で開催される じゃらんじゃらん
という夜市でのアコースティックライブの仕掛け人でもある。
愛する同級生であり素晴らしいギター演奏者でもある。
いるか、かぜ、じろーず、はては、たいがーす から かーなびーつ迄
朝4時まででもお付き合いをしてくれるいい男である。私が大家で
アルせいかもしれないが、それはさておき。同級生からは、
「リンダ」の愛称で呼ばれている。といえば、僕たちの世代ならば
苗字は 当然 Y本君、そう 山本君である。小さい頃にバイオリンを
少し習っていただけで音楽の才能もなく カラオケも苦手な僕に
「よーチューニングを聴いてくれ。やればやる程、音が逃げていく。」
等とのたまわる変なオヂでもある。病院での笑い話は すでにすんだ
が ついでに思い出すのにこんな話があった。
彼は、腰のヤマイであり しばらく絶対安静で 動くことや勿論笑う
ことが傷にひびくと言う つらい状況であったがために発生した
笑い話でもある。
入院体験者ならば、すぐご理解いただけるはずなのだが、何かの用で
看護師さんを呼ぶ場合、ベッド脇にあるスイッチだけ押した後 天井に
ある スピーカーとマイク兼用の機械に向かってしゃべれば 事足りる
のである。同室のあるおじいちゃんががこの事をなかなか理解
できなくて、いつもスイッチを両手の奥に挟み込み、そう、カラオケの
マイクみたいにそれに向かって「 号室の****ですが
点滴終わりました」等と話される為に マイクには 妙な聴きづらい
くぐもった声しか届かず、看護師さんから何回も「****さん、天井に
向かって話して」といわれても それが分からず、その度に 笑いが
こらえられず「死ぬ思いだった」とは、彼の談であった。
また、前と後ろがすぐオープンになるような手術用のパンツをつけた
別のおじいちゃんが隣のベッドのお知り合いに「では、手術に行って
来ます」と深深と頭を下げられたところに 横向きに寝ていた彼が
目を覚まし 「この時も俺は死んだ」とぼやいていた。
いろんなことがありますね。入院されている方には 大変申し訳ない
のですが おもいつくまま。
僕が静岡の熱川温泉から 研修を終えて帰省後 数ヶ月がたって、
ルーム係の茂子ねえさんに(当時50歳くらいかなぁ)「シゲちゃん、
お客様には きちんとした言葉を使いなさい」とかなり強い口調で
叱ったら「まっ、専務さん(当時)。あのですね、専務さんは、私の
オッパイで大きくなつたんですよ。」と軽く反論され、あわてて
母に聞いたら「そんな事もあったねぇ。あの頃は、私のお乳が
出なかったから。確か もらい乳 っていってたねぇ。」と間違いの無い
事を確認するハメになったのは、今も強烈な思い出のひとつである。