
今日は「節分」👹でした。
「節分」とは季節の変わり目にあたる立春、立夏、立秋、立冬な前日がすべて「節分」とされていたのだそうです。
(白井明大著「日本の七十二候を楽しむ」より)
その中で一年の節目にあたる春の節分に重きがおかれ始め、
季節の変わり目には悪鬼が出てくるといわれ、豆が「魔滅」の音に通じることから「鬼は外、福は内」の豆まきが始まったのだとか、、。
さて、その「福は内、鬼は外」の掛け声ですが、私は何かしら心に引っ掛かるものがあるのです。
(最近は「福は内、福は内」というところもあるみたいですね)
「福」は良い事、幸い、等
「鬼」は悪い事、災い、等
で当然福は来て欲しいし、鬼は来て欲しくないですよね。
只、禅的に云うとなんだかなぁと私は思うのです
。
「禅」では自分にとって、あれは良い、これはダメ等と取捨選択する事を良しとしません。
私が著書で「禅」に引かれるきっかけになった「澤木興道」老師に
「全部戴く、えり食いはせぬ」という言葉があります。
自分の身に降りかかってきた事、良い事も悪い事も一切を真正面から受け止めてどっしりと生きよという意味と私はとらえていて、困難にぶつかった時に頭に浮かんで来る言葉です。
禅寺でも盛大に豆まきをやっているところもあるので、別に深く考えず、季節の行事として単純に楽しめば良いのでしょうが、私はどうしてもこだわってしまうのです。
もちろんお豆は頂きますけどね、、、😊
