こんにちは、シーです。
今日はちょっとだけ、真面目なお話しを・・・。
わたしが、産まれて3ヶ月検診のとき、
先天的なある病にかかり、
お医者さんに、
「20歳まで生きられるかどうか・・・」 と、宣告をうけました。
小学生から中学時代
夜になると、布団のなかで、
「いつわたしは、死んでしまうのだろう。。。
このまま寝ると、明日は起きないのかもしれない。
目覚めたら、天国にいるかもしれない。」
寝るのが恐い夜を、ほとんど毎日過ごしていました。
そして20歳になったころ、
医師の検診では、
「治ってきているが、ここで油断せずあまり無理をした生活はしないように」
と、言われ、
まだ生きている、今日も生きてる・・・と、
ちょっと信じられないような、嬉しいような
まるで、1日1日を探るように、生きているような毎日でした。
しかし、そんな毎日にも疲れ果て、自暴自棄になり
いつ死んでもいい。
どうせ、だれだっていつ死ぬのかわからないんだから。
などと、思った時もあります。
いつ逝ってもおかしくないので、遺書も書きました。
その時、考えました。
「わたしの人生、なにか残せたか?」
ちょうど、映画館でやっていた、
黒沢明監督の「生きる」を見ました。
「わたしが生きているうちに、何か生きた証を残せたか?」
問うてみたところ、なにもないことに気がつきました。
明日、死んでもいいように、思い残すことなく、遊びたいだけをやり尽くせ!
と、すべて投げやりになり、両親に心配をかけつつも、
むちゃくちゃに遊び、暴れまくった10代と20歳の頃、
でも、なにも残せなかった。
欲しいものや、やりたいことをしたからと言って
残せた物はなにもなかったのです。
自分のためにやってはみたものの、結果、なにも残せませんでした。
「わたしが生きているうちにやれること・・・」
自分のためには、やったけど、自分以外には、
お返しをしていなかったことに気がつきました。
わたしが生きているうちに、親が生きてるうちに、家族が生きているうちに、
親孝行、妹弟と仲良く大切にする。
友達も元気で生きているうちに、大切にする。
「わたしが生きているうちにやれること・・・。」
臓器提供の意思表示カードを持ちました。
そして、26歳のとき、骨髄バンクに登録しました。
わたしが生きているうちにできること、
だれかが、わたしを必要としているのであれば、使ってほしい。
わたしの欠片で、いのちが助かり、繋げていけるのであれば、
そうして欲しいと思い、登録しました。
それから、10何年が過ぎ、家族や、病院の先生方のサポートのおかげで、
宣告受けた20歳を越え、
なんと20年も過ぎることができました。
そして、今年の検診で、先生に
「なにも恐れず普通に生活していいですよ。健康体です。」
と言われました。
これから先は、おまけの人生
おかげさまで、生かされている
ということに気がつき、
毎年、生きている事に感謝をしながら、生きています。
こうして愛する人とめぐり合い、これから家族として、いのちを繋いでいけることが
奇跡かもしれません。
最高のよろこびを感じて生きています。
そして、それだけでなく、
わたしは、骨髄バンクと、意思表示カードで
だれか、わたしのように、
明日、いや、今、死ぬかもしれないという恐怖と闘っている
見ず知らずの誰かと、
いのちを繋げていけること・・
それは、わたしが生きていているうちに感じられる最上級の喜びかも
しれないと思う今日この頃です。
そして、もっと身近にある、「献血」にも行こうと思っています。
献血なんて・・・ではなく、
その献血が、誰かを救うことになり、いのちを
繋いでいけるのなら、やります。
わたしが生きているうちに、
いのちのバトン を渡していけたら・・と思います。
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