*鈍色の空の下で 1 | どんな空でも

どんな空でも

٩( 'ω' )و





はいさーい!

12月13日(火)~16日(金)まで
修学旅行@沖縄

でしたっ◎



めっちゃ楽しかったよう\(^O^)/


連続更新フラグ!←



◎1日目


1時間半くらいかけて
空港へ\(^O^)/

途中でまりりんと
みなみちゃんに逢って
一緒に行った(^-^)


実感のないまま
空港でわちゃわちゃして
飛行機に乗って

席がれいなはるかえみ私で
いっぱいしゃべって
沖縄到着\(^O^)/

沖縄の実感もないまま
バスに乗り込む\(^O^)/


最初はひめゆりの塔と資料館へ。

バスガイドさんに
沖縄戦の話をしていただいて
ちゃんとこういうこと
知らなきゃいけないな、
って思ったし、

ちゃんと伝えていかなきゃ、
って強く思った。

バスの中は眠かったり、
話してるの楽しかったりするけど
こういう話はちゃんと
聞かなきゃだと思うから
私は全部聞いていたけど

聞いてない人もたくさんいて
私はその感覚が分からなかった。

確かに重い話だし、
修学旅行の楽しいイメージとは違うけど
そこはちゃんとするところでしょ?
って思ったけど、
やっぱり思うだけしかできなくて。


ひめゆり資料館は
今度もう1回、
ゆっくりちゃんと来たいな、って思った。

時間足りなくて
ちゃんと全部読めなかったけど

当時の人が書いた詩みたいなやつとか
読んでるとつらくて、
でもこれが実際にあったと思うと
今、この生活ができてることが
どれだけありがたいか、って痛感した。


次に糸数壕へ。

戦中に実際に使っていたガマで、
中に入って体験をしました。

沖縄に来る前に、
学校でガマの映画を見たから
係員の方のお話がすごくよくイメージできた。

一人一つずつ懐中電灯を持っていたんだけど
それを全部消したときに
真っ暗でほんとうに何も見えなかった。


ガマのいちばん奥には
破傷風などを患った人が
まだ命があるのに
放りこまれていたということ。

暗闇の中でただ死が来るのを
待つだけだったということ。


ひめゆり学徒隊が解散命令を出され、
軍人も民間の人も自分の足で
ガマを離れて避難しなければならなかったとき、
足を負傷したりして
その場に留まるしかなく、

死ぬか、戦争が終わって
助けが来るのを待つだけの人が
何人か助かっているということ。


ちなみに、前者は全滅だったそう。

助かった人が居た場所には
空気孔から入る太陽の光を見て、
希望を持ち続けることがで
きたことが大きいと

それがすごく残っていて。

夜になって真っ暗になっても
また必ず朝が来て光が差し込むから
それだけを頼りに強く生きれるんだって。

人間の強さってこういうことじゃないかな、
ってすごくよく思えた、
貴重な体験でした。



最後に平和の礎(いしじ)があるところへ!

たくさんの名前が書かれてました。

こんなにたくさんの人が
亡くなった歴史があって、
今私たちが居ることを
再確認しました。


まりりんとえみと見てたんだけど
迷子になりかけて焦ったw


その日はホテルに帰って
ご飯をいただいて、
結構すぐ寝ちゃった(笑)




その2へ続く~♪