東日本大震災から15年たつんですね。先程行ったデパートの入り口にもメッセージが書いてありました。


15年前の今日は長男が幼稚園年少さんの最後の日で

当時マンションの13階に住んでいてちょうど

幼稚園お迎えから家に着いて荷物をおろしてるとき。

幼稚園で作ってきた1年間お弁当ありがとうのメッセージカードを長男から手渡されてよくがんばりました!と声をかけてる最中の揺れでした。次男も4月から年少さんになろうとしてプレ教室に行っていたので次男もニコニコしながら私と長男のやりとりをみていた矢先の揺れ。


尋常じゃないくらいの揺れで、この小さな2人をどうまもろうかと必死になってました。13階でやれることなんて何もなく、当時置いてた水槽からは

じゃっぱん、じゃっぱんと波うちながら水がとめどなくあふれ、リビングどころか寝室にまでながれでる。

旦那に電話してもつながらない。

東北出身の私は実家のことも心配でとにかくパニクってました。私は宮城県の専門卒でもあるため同級生や当時気仙沼の大学にいた従姉妹をも心配でどうにかなりそうでした。

でも当時小さな子供達長男次男はそんなパニックな私を横に必死になりながら揺れるテレビをおさえ、

揺れる水槽をおさえてくれてました。小さな体で。

寝室に逃げなさい。と言ってあったのに。

子供達なりにパニックになってる私を助けてくれようとしたのかもしれません。


震災から数年たって産まれた三男。

震災経験者ではないため、語り継がないといけないと思ってます。

我が家に関連する人は命はたすかりました。

気仙沼にいた従姉妹は高台にいて助かったものの、津波被害にあいました。

私の同級生も無事を確認しましたが、実家が被災など大変な思いを皆んなしてます。


残された人は命を大事に生きていかなければいけませんね。

当時の記憶を長男、次男にききました。

家の中でおきた上記の記憶はしっかりありました。

忘れないでいてほしいこと、改めて伝えました。


風化してはいけません。


亡くなられた方にご冥福を改めてお祈りいたします。