
ここしばらく
時空・・・時空を超える という言葉が
何度も頭に浮かんできます。
と同じくして
至るところでその言葉を
見かけるようになっているのですが
よくわからんです。
ここに書くと気づきが早いときがあるので
書いておくとします!

自分の知識と認識だけが本当のように
他を批判して (気づいていないかも)
一生懸命に下げている人を見て
なんだか鉛を飲んだように
胸が重たくなりました。
よく聞いてみると
その人の中に片寄った認識があることが
感じられて。
(これも私の目線ではあるのですが。)
自分の認識や理解は
物事の本質や真理へ向かう
途中段階なのかも知れないよ、と。
そう感じられる謙虚さだとか
人の話していることに
共感するとか
理解をしょうということは
大切なことだなぁ、と感じています。
その他には
優越感と劣等感が感じられて
それらの感情を理解出来たときに
私の胸の鉛は少しずつ溶けていきました。
批判や攻撃をしたくなったとき、
それほど執着する想いはなんなのか?
そんなときほど
じっくり自分を見つめて自分に集中する。
自分を精査する。
ということをして
自分のエゴを捨てられたときには、
批判や攻撃や意地悪で 憂さ晴らししたり
自分をとくとくと説明したり
固持するという必要もなく
本当の意味で
やっと心も軽くなれると思います。
それを人にやってもらうことはできなくて
それが出来るのは自分だけ。
共感したりや
共感・・・は 出来なくても理解ができる。
ということを重ねていった時、
心の器を広げ
宇宙の豊かさも存分に受け取れるんだと。
そう言えば・・
周りにいるゆとりある人たちは
思いやりがあって
様々なことに対する理解や
寄り添う心のある素敵な人達だなぁ。
と思いました

E r i .