さっき少し書いたがなぜか消えてたのでまた書くとしよう。
こういうのは苦手意識があるがはじめてみる。
とりあえず自己紹介を。。。
高校卒業して18歳〜22歳くらいまでは仕事を点々としてた。
高校生の頃は毎日新聞配達(17歳から本気でバイクのレーサーを目指してたのでその為に稼ぐ必要があった。練習する時間も必要だったので早朝で短時間で稼ぐには新聞配達が1番だった。もちらん授業中は爆睡だ)、土方にガソリンスタンドと深夜のコンビニ(セブンイレブン)のかけもちやスーパー、餅屋さん、郵便局の配達などいろんなバイトを経験させてもらった。
親に「いいかげんに就職しろ」と言われて22歳の頃に地元の工場に就職。
24歳の頃に仕事中にふと「俺はこんな田舎でなにやってんだ…」と思い、その日の帰りに本屋さんで「いろんな職業一覧」みたいな本を買う。
そこで「グラフィックデザイナー」の文字を発見。
当時は周りでその仕事をやってる人はいなくてもちろん知り合いにもいなかった。
どんな仕事なのか調べると「企業のロゴやパンフレットや名刺や看板などを作る」と書いていた。
これならできるんジャマイカ!?
と、わけのわからない自信が湧いて当時乗ってた新車の車(ステップワゴン/バイクを載せるため)を200万で売ってそのお金を学費にあてた。
この時点で俺は3回の挫折を経験していた。
1回目の挫折は高校生の頃。
中学はテニスを3年やってたので高校でもテニス部に入った。でもある程度から上達しなかった。これが1回目の挫折。
2回目の挫折も高校生。
俺は絵が好きだったので美術部に入ったがこの美術部で俺より絵が上手い奴なんてたくさんいることを学んだ。2回目の挫折。
3回目の挫折は23歳。
レーサーを目指していた俺は高校の同級生だった「大澤という男」と一緒にいつも練習をしていた。この大澤が本当にすごい男なのだ。
俺の実家の裏には現在も全日本ライダーで活躍している中富伸一という男が住んでいた。この中富伸一は6歳の頃からポケバイで親から英才教育を受けており、親が全てバックアップしてレースをしていた。2個下だったので当時中富は18歳、俺たちは20歳。何がすごいって大澤は17歳からはじめて経験が3年しかなかったのに中富よりも速かったのだ。中富は12年の経験値。大澤は3年。この天才の背中をいつも追いかけていたが差はいっこうに縮まらない。縮まらないどころか練習をすればするほど差は開いた。大澤はレースでも活躍してスカウトも受けまくっていた。
しかも大澤のさらにすごい所は大澤は18歳で卒業と同時に中国の大学(武漢大学)に行った。たまに帰って来てレースに出ていたが練習をしてないのにいつも速いのだ。
「こいつに勝てないならもう誰にも勝てるはずがない…」
そう思った俺はこの後3年したけど結局辞めた。
大澤も中国から帰ってドコモに就職し、レースの夢は諦めた。今では2児の立派なパパだ。しかし、大澤があのままレースをしていれば間違いなく世界で活躍していたと思う。彼は間違いなく天才だった。センスが半端なかった。
これが3回目の挫折。
今日は時間がないので続きは次回に。
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