この夏、戦後80年ドラマとしてNHKで放送された、「八月の声を運ぶ男」がギャラクシー賞2025年8月度月間賞を受賞しましたね。


この作品は、重みもものすごいですが、余韻の残る、とても良いドラマでした。


本木雅弘さんと阿部サダヲさんの、お二人のお芝居がまたとても良かった。間や、動作、細やかな表情..流石としか言いようがないです。

石橋静河さんもとても良かったです。


ここからは、感想の中にネタバレを含んでしまうので、ネタバレは見たくない、という方はここで止めおいてくださいませ。





これは、伊藤明彦さんの『未来からの遺言 – ある被爆者体験の伝記』を元にしたフィクションとのことでしたので、そういった意味でのリアリティも感じるんですよね。

恐らく実際に伊藤さんが集められた録音と思われるものも流れるシーンがあって、内容にグッと胸が辛くなりました。



会社勤めを辞め、アルバイトをしながら被爆者の方々の声を集めている辻原(本木雅弘)。


人の紹介で九野(阿部サダヲ)と出会う。

被曝の影響による重い障害を抱えながら、ひとり孤独に生きている。


多くの被爆者の方々は、当時のことを話すことを拒む。もしくは、しぶしぶ話す。

なのに、九野は、話し過ぎるほどに話す。


当時のことを話している時は、吃音の症状もほぼ出ないぐらい、流暢に話す。


被爆した時のこと。7人兄弟の末っ子で、両親も兄姉もほとんどを原爆で亡くし、生き残ったただ1人の姉だけが自分の世話を焼いてくれ、20歳で白血病で亡くなったこと。


だけど、九野が話した内容に、ふとした綻び、思い違いにしてもおかしいなという点が見つかるわけですね。

そこから芋づる式に、家族構成の説明も、その生死も、全部事実ではないことがわかる。


ミステリー的な展開にグッと引き込まれる中で、ではなぜ九野は、事実ではないことを語ったんだろう?というところが気になります。


でもこのドラマの中では、その本当の理由は明らかにされません。それは史実でも同じように、わからなかったからだと思います。


人って、そうだよな、なんでそんなことするのかよくわからない、ってこと、わんさかあるよなって、そんなもんだよな、ってなんかリアルです。(実話が元だからでもありますが..)


こればっかりは、考察したところでご本人しか分かりません。


辻原が夢に見たように、長らく病床で自分と同じく孤独だった被爆者たちの声を聞きつづけた、辻原と同じ「八月の声を運ぶ男」だったのかもしれない、という解釈が、辻原らしい気がしたし、ドラマのタイトルと繋がり、ぐっと余韻を与えてくれました。


まぁ、本当のところはわからないながらも、

とにかく、九野という人の、"孤独"というものを、ひしひしと感じるわけです。

被爆者への差別もあった時代、きっとこの人は、両親や兄からも疎まれて、見捨てられて、ずっと孤独に生きてきたのだろうと。

実際のところは、辻原に話した嘘よりもさらに残酷で、理不尽で、辛く哀しい人生なのかもしれないと。


だからこそ、心の拠り所として、姉の存在を作り出して、自分を支えて生きてきたのか。

もしくは、自分が聞いてきた話を頭の中で繋ぎ合わせ、孤独の末に無意識に真実と化した、妄言か。

はたまた、自分の話を聞いてくれそうな人を繋ぎ止めるために、話を聞いてもらい続けることで孤独を埋めたくて、故意に話を盛ってしまったのか。


九野の言動に、人に話を聞いてもらえることへの嬉しさが随所に滲み出てるんですよね。

辻原と話している間は、孤独じゃない。それが嬉しくてたまらない、といったような。


この表現がものすごく巧みで、九野の複雑な心情が自然に、リアリティをもって伝わってきました。


それに耳を傾けて、感銘を受け、そして疑念を抱きながらも対峙する辻原の姿もまた、とても自然でリアルです。


お2人のシーンは、リアリティがあって、目が離せない、吸い込まれる。

間の取り方、凄すぎない..?(語彙力なさすぎて凄いとかそういう稚拙な言葉でしか表現できない昇天)


石橋静河さんのお芝居もまた絶妙で、とても素敵でした。


はぁ..見応えがあった.....


阿部サダヲさんという人は、狂気と哀しみの芝居をさせたら、右に出るものはいないと思います。


面白くて軽快なお芝居はもちろんめちゃくちゃ面白いのですけど、この人の真骨頂はそれだけじゃない、多面性というか、その複雑な表現にあるなぁって思う。悲しさとか切なさとか、ふと人間くさい部分が垣間見えるようなお芝居。



本木さんは、またこれ、なんか凄くリアルなお芝居されますね。お芝居って感じがしない、スッと入ってくる、自然で、本当にいる人の会話を覗き見てるような。


お芝居も見応えがあったし、

戦争の惨さ。

伝えていくことの大切さ、難しさ。

色んなことを考えさせられるドラマでした。



本当に久しぶりの投稿です。

あれから長男は、胎児の頃に腹水が溜まっていたことなど無かったかのようにすくすくと元気に育ち、第二子の次男にも恵まれました。

今後はまた、取り止めもなく、日常の日記のような形で、気が向いた時にしたためていこうかと思います。


さて、ここ数年、阿部サダヲさんにものすごくハマっています。今時の言葉でいうと、推しです。激推しです。

随分前、NHKの朝ドラの「こころ」に花火師の銀ちゃんとして出演され出た時にすごい名前の人だな、いいキャラだな、と気になり始めて以降、コイケヤのCM、舞妓Haaaaan!などの映画、医龍をはじめとしたドラマなどなど拝見してきて、好きな俳優さんの一人ではあったのですが、このところ、さらなる魅力に今更ながら気づき、それはもう、過去出演作品も見漁り、舞台も観れるだけ全部観て、グループ魂のライブも参戦し、過去ライブのDVDも拝聴し...と推し活に勤しんでおります。


ここのところラストマイル、十一人の賊軍、はたらく細胞と立て続けに映画に出演されているので、楽しみの多い日々ですが、今日は、家族の協力を得て、その中でも現在公開中の「十一人の賊軍」を観てきました。


血も首も肉片も飛びまくりでしたが、キャストの皆さんが本当に皆さん凄いし、殺陣も凄くて、壮大なセット、政治的な面白さもあり、とにかく見応えのある映画でした。

上映時間2時間45分というかなり長尺な映画でしたが、全く長く感じませんでした。


ここから先はネタバレ含めて感想を書きますので、先を読みたくない方はここまでで止めおいてください。













----以下ネタバレあり------







全体的に見応えのある映画だったんですが、個人的にはちょっと結末は読める感じがあり、むしろ、あ、やっぱ、映画だなそこは、と思う部分さえありました。

だけどそれは、だからこそ映画として楽しめたな、とも思うので、それはそのストーリーだったからむしろ良かったのだと思います。


そして、前評判として、阿部サダヲさん演じる溝口内匠という役柄がひどい!憎たらしい!!というのを耳にしていたのですが、個人的には、結構理解できちゃうキャラクターでした。板挟み辛い。

(賊軍側からすると間違いなく酷くて憎たらしいです、はい)


新発田藩を守るために、官軍につきたいけど、周辺諸国の情勢からすると旧幕府軍に攻めいられるのも避けたいので、二枚舌を使いながらなんとか切り抜け、最終的には官軍の方につきたい。

そこで頭を悩ませて、砦に旧幕府軍側の長岡藩の旗を掲げ、死罪になる予定だった罪人を決死隊として送り込み、旧幕府軍が城を退き反旗を翻すまでの間、官軍を足止めさせるわけです。


新発田藩の旗を掲げずにあえて長岡藩の旗を掲げることで、新発田藩の関与はなし、と思わせながらどっちつかずの状況を継続し、藩を守りたいんですね。


罪人たちは、砦を守り抜けば無罪放免という言葉を信じて砦に向かいますが、本当はそんなわけもなく、役目が終われば口封じに始末される運命にあります。(実際にはなんだかんだ生き残る人もいますが)

この決死隊がこの物語の主人公ですから、その目線でいくと、酷い話で、裏切られた、という話になりますが、でも、ですよ。

新発田藩の差金でそこで戦ったことを他言されては困るという状況、そして仮にも死罪の罪人なわけですから、本当に無罪放免なんて甘い話はないと思いませんか。しかもあの時代に、です。

正直、冒頭の流れから、溝口内匠の思惑は読めてしまった感がありました。


決死隊もまとめ役が必要ですから、藩の人間も三人ほど一緒に送り込まれるわけですが、そのうちの1人、旧幕府軍側について戦うべきとの考え、信念を厚く持つ血気盛んな兵士郎(仲野太賀さん)は、ある意味、藩の中枢からすれば邪魔者です。真面目で熱く人情味のある好青年ですが、そういう意味では納得の人選です。


そしてこの決死隊の隊長には、溝口内匠の娘婿が選ばれていますが、これは、本意ではないのではと思いました。でも、自分の発案であることからして、身内から出さざるを得ない。かつ、隊長という役目を任せられる立ち位置の人選。

のちのち、これがひとつの悲劇を呼ぶわけですが、このストーリー立ては、映画としての演出効果を発揮していた気がします。

(藩の平和を守った溝口が、愛する娘を守れなかったという皮肉)


必死に戦っても、犬死にになる、という残酷な結末。だけど、だからこそ、死罪の罪人なわけですよね。


思惑に反して新発田城に居座る旧幕府軍への覚悟表明と見せかけて、百姓と嘯いて余命いくばくもない病人を斬り捨ててみせるシーンも、狂気じみているように見えて、溝口からすれば、遅かれ早かれな者を斬ることで藩の村人を守れるなら、合理的な判断なのですよね。


いわゆる捨て駒に使われた人たちに焦点を当てた映画なんだと思います。

決死隊のメンバーに関しては、きちんと一人ひとり見せ場があり、それぞれの死に様もしっかりと描かれていました。

またそれがとってもカッコいいんです、皆さん。

殺陣もほんとに見応えあったなぁ..

(爺っつぁん役の方は殺陣のプロのお方なんだとか。凄かったです。)


罪人と一括りにされている者たちにも、それぞれの事情があること、生への執着がしっかりあることも、見ている側の同情を呼び起こす作りになっています。


砦での生活ややりとりを通して皆の人間らしさも垣間見えて、負けるな、逃げろ、生きろ!と応援したくなる気持ちにグラッと動かされるけれど、溝口らのシーンを見ると、ふと現実に引き戻されるような、そんな感覚がありました。


最後に唯一、藩の人間の生き残りであった兵士郎だけは命を助けてもらえそうになるのに、藩への信頼の失墜に加え、4日間といえど共に戦った罪人に仲間意識が芽生えてしまった兵士郎、彼の人情に厚い性格もあってか、藩に刃向かう態度をとってしまいます。

この時、溝口内匠と対峙し剣での勝負を持ちかけますが、溝口は刀を抜くと見せかけて銃を撃ちます。

狡猾で卑怯に見えるけれど、清々しいまでの、合理主義です。

こんな特殊な任務についておきながら藩に刃向かうとなれば、即刻始末するしかない。溝口の立場からすれば、それに尽きるでしょう。


そもそも情に流されるほど、この2人の関係性って厚く構築されてたものでもないですし、そこまで裏切られた感や嫌悪感は抱きませんでした。

まぁ、そうなっちゃうよな..という感じ。

(兵士郎の父が溝口の剣術の師、という描写はありますが、あくまで親との関係ですしね。)


政(山田孝之さん)については、あのまま逃げおおせておればな..と思ってしまいました。

だって彼こそ、情に従って行動したのに、結局何もできないまま、タイミング悪く溝口らの前に姿を見せてしまったから、ただかくれんぼ見つかっちゃったみたいな感じで殺されちゃうわけです。まさしく犬死にって感じで、なんか、辛かった。

あそこであの人たちを巻き添えにして命を落としても、そんなに意味もないし、大切な嫁さんのもとへも帰れなかった。

たった4日間で、あそこまで思うのかなぁ、そこはやっぱり映画だから、そういう意味ではそっちの方がいいのかもしれないけど、現実的にはどうなのかなぁ..と思ったりしました。

でも、だからこそ、彼というキャラクターは素敵なんだと思うんですけどね。

ただ、それまではとにかく自分だけ逃げようとしたり生きようとしてるキャラだったから、ちょっと最期だけ美しすぎた気もします。(もっと泥臭くても良かったなぁ..)


なんか、観終わった後もグルグル考えてしまって、吐き出しちゃったわけですが、それだけ、なんか考えちゃう映画でした。

スカッとするような類の映画ではないですが、そういうのも嫌いじゃないです。


仲野太賀さんと山田孝之さん、ほんとにカッコよかったし、迫力のあるお芝居、素晴らしかった。お二人も好きな俳優さんの1人です。

脇を固めた他の俳優さんもみんな味があって、凄みのあるお芝居をされてました。

元モーニング娘。の鞘師さんもとっても良かったです!カッコよかった。


阿部さんは、あのポーカーフェイスで何考えてるのかよくわからない感じ、流石としか言いようがなかったです。

土砂降りの中斬りまくるシーン、銃のシーン、惨たらしい酷いシーンだけれども、迸る狂気と凄み、役としてのお芝居自体がものすごくカッコよかった。

切腹が有耶無耶になったシーンはコミカルな一面が少しだけ出てて面白かったです(笑)


最後に、新発田藩の人たちの、「〜ら」という方言が、とても愛らしくて、好きでした。

今も新潟の方言なのかな。


ネタバレすみません。

見応えのある時代劇。

かっこいいサダヲさんも見れて、満足でしたおねがい


突然ですが
中島みゆきさんの「悪女」という曲
ご存じの方いらっしゃいますか?

ものすごいヒット曲なので、
ご存じの方は多いと思います。

これ、とにかく大好きな曲でして。

曲調は明るいんです、
ただ、どこかしら
切なさの漂う明るさ

悪女、というタイトルだけ見ると
文字どおり悪女の曲かと思うんですが
歌詞を見て、ああ、そういうことか..
とわかるわけです。

以下、歌詞の引用です。

*****
マリコの部屋へ電話をかけて
男と遊んでる芝居続けてきたけれど
あの子もわりと忙しいようで
そうそう付き合わせてもいられない

土曜でなけりゃ映画も早い
ホテルのロビーもいつまで居られるわけもない
帰れるあてのあなたの部屋も
受話器を外したままね話中

悪女になるなら月夜はおよしよ
素直になりすぎる
隠しておいた言葉がほろり
溢れてしまう「行かないで」

悪女になるなら
裸足で夜明けの電車で泣いてから
涙ぽろぽろぽろぽろ流れて涸れてから

女のつけぬコロンを買って
深夜のサ店の鏡でうなじにつけたなら
夜明けを待って一番電車
凍えて帰ればわざと捨て台詞

涙も捨てて情けも捨てて
あなたが早くわたしに愛想を尽かすまで
あなたの隠すあの娘の元へ
あなたを早く渡してしまうまで

悪女になるなら月夜はおよしよ
素直になりすぎる
隠しておいた言葉がほろり
溢れてしまう「行かないで」

悪女になるなら
裸足で夜明けの電車で泣いてから
涙ぽろぽろぽろぽろ流れて涸れてから

*****

いやね、この歌詞ね..
もうね、ほんとにね、
中島みゆきさんって、ほんとにすごい。

今も色んな才能あるアーティストの方がたくさんいらして、素敵な曲はたくさんあるのですけれど

この巧みな表現、
雰囲気、心への響き方、
この昭和のにおい
こういうものはやはりこの時代、
そして何より中島みゆきさんならでは
みたいなところを感じます。

「わたし」の心情はもちろん
時代の雰囲気がそっくりそのまま
においまでしてきそうな生々しい感覚で
感じるんです。

土曜の通し上映も
深夜営業のサ店も
固定電話も
今では消えてしまったか、かなり少なくなったので
そういう歌詞に含まれた時代背景というのも
もちろん一役買っているとは思うのですが。


なんだか一本の映画、ドラマを見ているような。

描かれているのは
切ない、悲しい場面なんですけれど
この時代への憧憬も感じるんです。

この時代に、生きてみたかったな、
この時代に、20代なんて過ごしてみたかったな、
と。

1981年のリリースなので、
わたしは生まれていません。

ただ、まだこの頃のかおりが
幼少期には残っていたのをはっきり覚えています。

昭和後期〜平成初期
そしてバブルのかほり..

決していいことばかりではなかったと思いますが
でももし、好きな時代を生きてみれるよ
と言われたら、
1980年代に20代を過ごしたいです真顔

なんとも言えない、
懐かしいような、切ないような
満たされない中でなんとか生きるような
頭の隅に、ぼやけた記憶があるような気がするのは
なんなんでしょうかね(笑)


...て、何の話?


急に、「悪女」が聴きたくなって
聴いてみたら
こんな気持ちになりました(笑)