英国(イングランド・ウエールズ)にとってEU離脱の見通しって 12

 

次に、スコットランドはどうなのか、ここはここでイングランドの異母兄弟というか遠縁というか紀元後になり、北ドイツ、デンマーク南部を主にする北欧地域からグレート ブリテン島にアングロ サクソン人が移動してきます。彼らは南~中部で現在のイングランドに定住するもの。更に北に向かいスコットランドに定住するものも出ます。

ここで、イングランド地域から追いやられるケルト系先住民(彼らも南部ドイツ、オーストリア、ベルギー周辺から渡ってきたと言われますが)でグレートブリテン島に定住していたもの(ブリトン人などとも呼ばれる)が、西へ、北へと散っていきます。グレートブリテン島スルーしてアイルランド島に渡った連中はまだ束の間の平和がありました。

途中ローマ帝国の属領の支配を受けますが西暦470~480年ごろのローマ人の撤収でアングロ サクソンが力を盛り返し、アングロサクソン7王国、更にイングランドと北のスコットランドに2分されていきます。スコットランドではこのアングロサクソン系が先住民のケルト人を北の高地に追いやっていくのみならず、北欧から船で侵入してくる遠縁のバイキングとももスコットランドを荒らしまくります。

 

やっとスコットランド内が落ち着くと欧州人得意の縄張り争いで数百年に渡り断続的にイングランド、スコットランドの戦争が、イングランド対フランス(これも1066年のノルウエー系仏移住のノルマンジーがイングランド征服して英仏に領地を持っていたことからシマの縄張り争いを500年近く繰り広げます)の合間を縫って行われますって、サッカーやラグビーか?お互いの手の内を知り尽くしたイングランド・スコットランドは利害関係が一致すれば王族の姻戚結婚を繰り返し、特に女王が認められなかった時代男系後継者が両国の王を兼任することで妥協していきます。

所謂、同君連合というやつで、日本が朝鮮半島合併時に行おうとしたものです。

 

所謂、英国史というかイングランド史のなかでの王族以外の政権~革命と邦訳する人間もいますが、時の王族はスコットランドやフランスに逃亡し、王政復古があればスコットランドの血縁、閨閥を頼りイングランド王との兼任がなされます。

 

まさに一番大きなセレモニーは護国卿(コモンウエルス~あれ?どこかで聞いたような)クロムウエルの民政かつプロテスタント原理主義粛清で、清いピョーリタンが米国に布教と教義を実践する生活を送る新天地を開拓すためにアメリカ大陸に渡った崇高な移民物語が合衆国で創作される時代です