結局、実際本当に離脱するとなるとあ~でもない、こ~でもないEU離脱でもめだし、全く現地で商売したこともない日本の評論家やただ英国にいただけの学者・役人のしたり顔

の英国非難。

もう一度EU発足した約20年前に時間を戻すと、第2次大戦後第一次大戦から疲弊しき

ってきた欧州が立ち直る機会も失せ衰退しだした。

そこで、オランダ・ベルギー・ルクセンブルグなど言語的な共通項のある国々が共同で経済や政治的・外交的連携をすることで英仏や海の向こうの出稼ぎ移民で設けた米国に亘り合おうとしたものです。

一方、独は西独だけでも復活の為、仏はナチスに粉々にやられ遠因的にアジアの植民地は

日本にやられ国力が弱ってきたところでや無負えず、まずはアルザス・ロレーヌの仏独の帰属紛争を解決その地で採掘できる石炭・鉄鋼やエネルギーの共同開発・管理をすることで歴史的な独仏の連携が始まり経済などの分野にもこの連携が広がります。一方ベネルックスも

独仏と地理的に近いことや共通言語であることからこの両勢力が合体しEUの雛形

EECが成立していくわけです。

 

一方、英国は英連邦諸国や旧宗主国で出稼ぎを送り出した米国と言う二つの大きな連携

ブロックがあり、こちらも英語が共通語と言うことで当初はEECと距離を取っていました。しかしながら70年代に入ると左派(労働党)勢力が英連邦諸国の実質解体(各地の

独立)、欧州大陸の社会主義運動にすり寄りEECに何度も加盟申請を行います。

しかしながら仏の、下級将校だったが、政治力と弁舌にたけたドゴールが縦に首をふりません。基本的に彼は社会主義者で労働者の見方でもなく、英国のずるさを身に染みてわかっており下手するとEECが乗っ取られることを危惧していました