実際、現在のアメリカ合衆国に渡ったやつってどんなんだったのだろうか 5

もともと英国内のプロテスタント勢力は大まかに言うと、

1.時間を掛けて改革したり議会に入り込み正当に宗教改革を狙う

長老派Presbyterian Church、議会はParliarmentismという

勢力。但しこの穏健派はスコットランドのカトリックの

穏健派も長老派と称し意外と勢力を持っており現在の

北米でも結構な勢力を持ってるのでややこしい。

2. 次にカルビン思想に犯しまくられた強硬的な分離独立派

この中でも非常に過激な分離独立派連中が1620年代頃から

弾圧を受けて北米にメイフラワー号で渡った連中とされていますが、

クロムゥエル率いる軍人というか王族、貴族の親衛隊~

軍隊と警察の中間的な感じ~の武力清教徒革命がおこります。

ピョーリタン以外では北米ではカトリックと布教、信者数トップを争うというクエーカー教や礼拝主義のバップテイスト教(分派で出生時に洗礼を受けず成人して自分の意志で洗礼を受け入れるアンバップテイスト教)は北米では数多くの黒人信者の取り込みに成功します。

北米では本国英国と違いまるで黒人教会の体です。



これらがメジャーな分離・独立思想で遅かれ早かれ彼らの一部は北米へ移住しています。

3. そしていつも、どの時代にもいる中間派よく言えば調整役、悪く言えば日和見ということです。

1.こいつの対抗勢力として王室の利権を保持したい王党派。

伝統的利権をカトリックの長老制度を軸に守ろうとするスコットランド

2.「国民盟約派National Covenant」~ 要はイングランド王がスコットランド王

兼任しても英国国教会の教義は受け付けない

3.カトリック同盟Confederation of Kilkenny

これもきりのない争いですが、ヘンリー8世が英国国教会に改宗しても

従わず、今回の主役の一人チャールズ1世に弾圧を受ける。この報復で

イングランド及びスコットランドの一部からのプロテスタントアイルランド

入植者の虐殺。後年イングランド平定したクロムゥエル軍に徹底的に

報復され、残党の一部は北米に逃れる。

その他社会主義運動派やらユートピア思想派など入り乱れる