この弱者が強者になる理論。実際、現在のユダヤ人と言うものは何なのか
と言うと非常に難解なものになっています。
キリストはセム・ハム系のアラブ型で、中東のゲジゲジまゆ毛の浅黒い
人物だったという説、トルコやイラン・イラク系で欧州の白人と
大して変わらない風貌だったと言う説。
ま~、仏教のお釈迦さまも日本や百済(現在の朝鮮民族でない)の仏像や
書画になると、切れ長で、つり上がりの一重まぶた、鼻も鼻筋は
通っているが余り高くないなど日本流にアレンジされています。
一つ良心的な所は頭がテンパー(天然パーマ)でかなり巻いている、
アフリカの黒人の巻き方に近いようになっている所です。
結局、写真、動画も無く、肖像画もほぼないような後世では
想像で描かざる得なく、自国民に近いような風貌が安全に普及活動に
貢献すると言う考えだったのでしょう
イエス キリストも釈迦(ゴーダマ シッタルーダ)も生前布教に苦心
している時は非常に苦しみ、と言うかただの神が降りてきたとのたまって
いる狂人扱いです。
聖母マリアに至っては処女で、神の子を宿したとか普通に考えても大笑いな
ストーリーを大真面目に語る後世の宣伝広報班がいるわけです。
ほとんど、地元民しか知らない、どこかの丘だとか平原とかほぼ
どうでも良いような所が名所になり、旧約(ユダヤ教)、新訳(キリスト教)
~だから宗派の違いでしょうって!の聖書は弟子の誰々が、どこそこへ
不況活動行って大変だったとか、この土地の奴らは程度が低く信心しないとか
だから神の怒りに触れて、天災が起こって滅びたとか
願望(妄想?)を含めた旅行エッセイ(布教活動報告日誌?)と言ったら
言いすぎでしょうか?