1911年辛亥革命が起こって清朝瓦解。皇帝一族と従者だけは紫禁城無いに
いる分には安全確保と衣食住の面倒を見ることを孫文一派(中華民国を宣言)
と結びます。
孫文は代表を辞任し、清朝最後の宰相 袁世凱を臨時大統領に推薦。
彼は周辺諸国との軋轢を避けるためにチベット、北モンゴルの独立を承認しています。
実際、孫文はこの動きが我慢ならなかったらしく、袁世凱死後は満州、南モンゴルで
は軍閥が勝手に独立国のような態度を見せ、共産党ゲリラは横行。国民党ないも
いくつかに分裂。どこが統一かわからない状況です。
満州国や満州事変など数多くの人が書いているので触れませんが、
ラストエンペラー 溥儀は1924年まで紫禁城にいます。余談ですが、彼らが
紫禁城を追い出されると大量の宦官が北京の街に溢れ大変なことになったそうです。
1930年満州国建国、1933年東トルクメキスタン共和国建国宣言
(現在の中国、新疆ウイグル自治区のカシュガル周辺)
結局、中共が国民党追い出しあとこれらの地域を全部占領し、漢人を大量に
入植させるわけです。
異民族(イデオロギー?)の侵入や内部の一揆、乱で又歴史は繰り返すのだろうか???