突然ですが私、マスコミ関係の方々が毎回講師となって授業をしてくれる…といった授業をとってます☆
大きなテーマとして「戦争報道」を軸に、
テレビカメラマン・記者、新聞記者、フリージャーナリスト等の方々が来て下さってます!
昨日は某民放局の元局長の方でした。
今回に限らず、私はこの授業を通してひとつの課題が出来ました。
「客観的な見方が出来るよう、報道を疑ってみる。」
授業の回を重ねるごとに、実感が強くなってます。
………ってこの内容話すとかなり長くなる;
書いておきたかったのは、上記の考え方を踏まえた上でのエピソード。
昨日その授業で、先日おきた秋葉原の事件が例に出てきました。
一応内容としては、ただ単にあの事件を「被害者が可哀想。不条理だ、許せない!」で終わらせていいのか…といった国民・市民のものの見方についてです。
これも長くなるので省略。
それで終盤での質問・意見の時間にひとりの男の子が手を挙げました。
彼は事件当日、秋葉原にいました。
ちょうどお店でお昼を食べていたそうです。
その時、急に間近で車のぶつかる音が聞こえたため、すぐさま外へ出ていきました。
そして目の前で事件がおきたそうです。
彼が何を言いたかったかというと、
「今テレビでやっている報道は、自分がこの目で見た事実の1%も伝えることが出来ていない。」
その話を聞いてから、
“事実を伝える”
ということがどういうことを、改めて考えていました。
そして最も印象的だった一言は、
「人が人を殺しているところ、人が殺されるところを生まれて初めて見た。」
貴重な体験をしたのだから、受け止めて糧にするように…と言われてたけど、
受け止められるのかな。
重すぎる。
ドラマや映画じゃないんだから、
受け止めろって言われても… 。
私だったら受け止められるのかな?
…って色々考えてしまいました。
20年そこそこしか生きてないけど、
良くも悪くも“人の死”に直面したことがない自分は未熟なんだと思います。
いくら気持ちを汲み取りたくても、
経験のない人間は想像することしか出来ないんだよね。
大好きな人が苦しんでるのに、
力を貸せなかった過去を思い出しました…。
リアルセカチュー。
第3者は絶対に当事者の気持ちは理解出来ないんだろうなぁ…。
なぁんて、色々考えてしまいました。
…………リフレッシュしよ。(笑)
大きなテーマとして「戦争報道」を軸に、
テレビカメラマン・記者、新聞記者、フリージャーナリスト等の方々が来て下さってます!
昨日は某民放局の元局長の方でした。
今回に限らず、私はこの授業を通してひとつの課題が出来ました。
「客観的な見方が出来るよう、報道を疑ってみる。」
授業の回を重ねるごとに、実感が強くなってます。
………ってこの内容話すとかなり長くなる;
書いておきたかったのは、上記の考え方を踏まえた上でのエピソード。
昨日その授業で、先日おきた秋葉原の事件が例に出てきました。
一応内容としては、ただ単にあの事件を「被害者が可哀想。不条理だ、許せない!」で終わらせていいのか…といった国民・市民のものの見方についてです。
これも長くなるので省略。
それで終盤での質問・意見の時間にひとりの男の子が手を挙げました。
彼は事件当日、秋葉原にいました。
ちょうどお店でお昼を食べていたそうです。
その時、急に間近で車のぶつかる音が聞こえたため、すぐさま外へ出ていきました。
そして目の前で事件がおきたそうです。
彼が何を言いたかったかというと、
「今テレビでやっている報道は、自分がこの目で見た事実の1%も伝えることが出来ていない。」
その話を聞いてから、
“事実を伝える”
ということがどういうことを、改めて考えていました。
そして最も印象的だった一言は、
「人が人を殺しているところ、人が殺されるところを生まれて初めて見た。」
貴重な体験をしたのだから、受け止めて糧にするように…と言われてたけど、
受け止められるのかな。
重すぎる。
ドラマや映画じゃないんだから、
受け止めろって言われても… 。
私だったら受け止められるのかな?
…って色々考えてしまいました。
20年そこそこしか生きてないけど、
良くも悪くも“人の死”に直面したことがない自分は未熟なんだと思います。
いくら気持ちを汲み取りたくても、
経験のない人間は想像することしか出来ないんだよね。
大好きな人が苦しんでるのに、
力を貸せなかった過去を思い出しました…。
リアルセカチュー。
第3者は絶対に当事者の気持ちは理解出来ないんだろうなぁ…。
なぁんて、色々考えてしまいました。
…………リフレッシュしよ。(笑)
