前回無理矢理切ったので
陽炎の閨房 2 の最後に15行くらい加筆してます。
面倒で申し訳ないんですが、そちらを読んでからお願いします。
ていうか・・・自分で書いてて何ですが
こんなの赤男じゃないっ!
気色悪い話です。
自家中毒起こしてます。
本当にスイマセン・・・
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だが、そのときだった。
魅力的だが、揶揄も露な声が響いたのは――
「らしくないんじゃないか?」
自分の考えをにふけっていた女は、見透かすような言葉におそるおそる顔を見上げた。そこには先程までの穏かさが嘘のように、酷薄な光をたたえた瞳があった。
「お前にまだ、そんな無防備な表情ができるとはな」
少なくとも、俺の前でみせるべき表情ではなかろうに。
――――踏み躙って、壊してしまうぞ?
実際、真紅の青年は嘲笑を浮かべながらも、興をそがれ気分を害していた。
過去、彼が便利に使っていたこの女は、上手に気を逸らすことだけをし、原因の詮索などしないわきまえた女だった。それは、彼が天邪鬼に水を向けても乗ってこない徹底振りだった。
けれど今夜の女は、その一線を超えてきていた。
小気味良い態度を装いながらも、機嫌の悪い原因を探るなど、随分とらしからぬリスクを犯すことだ。
ドライな物言いに騙されることなく、闇主は女の不自然さに気付いていたが、想定外の出来事は退屈を嫌う彼の意にかなっていたので、彼女の詮索を是とした。するとラエスリールを知らない者の傑作な見解まできけて、彼は大いに満足だった。
けれど、女の穏やかな表情はいただけなかった。
「お前はもう少し利口な女かと思っていたが」
がっかりだ――――言外に、彼はほのめかす。
「お前の本分はしたたかさで誤魔化そうとも、結局のところ臆病でリスクを好まない。それがわざわざ踏み込む程に――――それほどに俺は変わったか?」
決して詮索などしない女が踏み込んでくる。ましてや自分の前で油断し、無防備な表情を晒すなどあり得ない。つまりは、そうさせるだけの変容ぶりを、自分が見せたということに他ならない。
彼は全くもって面白くなかった。
女は自分が上手くやれていないことには気付いていたが、無意識のうちに彼の内を探ろうなどと大それたことをしていたことに、初めて気付いたようだった。幾重にも逃げ道を用意して、臆病さを武器に変えて生きてきた彼女にとって、それはなんとも無様で愚かしいことだった。
呆然として言葉もない女に、闇主は余計苛立つ。
「無意識か・・・」
本当に小賢しいことだ。
女というものは、自分が望む方向へ、自分の表層意識まで偽って事を運べる器用な生き物だからな――――彼はいまいましく思うがままに、口にした。
「確かにあれは大事だが、お前が油断するのがわからんな。逆に言えば、あれ以外のことはどうでもいい。お前のことなぞ、どうでもいいんだよ」
そう、あれ以外のことはどうでもいいのだ。
あれ以外のことで、昔のように遊ぼうというのに、どうしてこんなに不快な気分を味わうのか。
庇護欲と苛虐心は紙一重だ。
もともと守ることに長けているとは云い難い彼は、割り切ることを知らない彼女の性分も加わって、多大な忍耐を強いられている。本来の残虐性をなるべく穏便な方向で放とうと、わきまえた利口な女を選んだというのに、随分と期待を裏切ってくれるではないか。
それは信頼していた片腕の愚かな行動を思い出させ、更に闇主を苛立たせた。
だが、目の前の女は九具楽ほど、価値がある訳でもない――――あれ以外の女など、彼にとって幾らでも代わりのきくものであった。
――――苛立ちのまま、壊してしまおうか?
仮面が剥がれた女は、無慈悲な言葉の数々にも反応せず、愕然と色を失うばかりだった。
「もう、終わりか?一度見過ごしてやったときは、まずまずな巻き返しだったが、二度目はないのか?」
壊すにしても、このままではつまらないとばかりに、闇主はたたみかけた。
彼が言う一度とは、女がモノクロームの中で、一際鮮やかなな閃きを描いたときのこと。
見事なあれを生み出したあの時も、何気ないふりをしながらも、恐れていたに違いない。直後、唇を奪ったときに、それは知れた。今更何を拒むのかと思えば、身体は触れなければわからない程に小さく震えていたのだ。
「やはり、お主は気付いていたか」
真紅の青年の目論見は功を制したらしく、女の視線は幾分定まった。
「その瞳を覗き込んだだけならば、引き返せたのかもしれない」
弱々しく紡がれる言葉は、弁解の為ではなく、自分を取り戻すためのようだった。
「しかし、体を重ねてしまった。お主は遊びで重ねるだけだろう?けれど、それ以上のものがある私は視てしまうのだ。決して留まることのないものを選びながらも、迷いの欠片もない、お主の恐ろしい心の有り様を」
未だ心の伴う共寝を知らない男に、通じることはないだろう。
それこそ上等だと、女は自暴自棄ともとれる挑むような視線で闇主を見返した。
その気丈さは最後に残された砦に過ぎないが、壊し甲斐を見つけ彼は少し機嫌を取り戻した。
「お前が俺の何を視たというのか、視たつもりになっているのかは知らんがな。留まることのないもの?それこそ望むところだ。退屈しないで結構じゃないか」
くつくつと咽を鳴らし、彼は凄惨な笑を浮かべた。それは身が凍るような恐ろしい微笑だというのに、これこそが柘榴の妖主なのだと感じ入るような、魅惑に満ちたものだった。
闇主は女の髪を絡め取ると、乱暴にこちらに向かせた。
臆病な者は、痛みに敏感だ。少しずつ切り刻んで、発狂させてやろうか。
それとも――――。聡い女は中身に価値がある。
その小利口な頭の中を引きずり出すように苛んでやろうか。
冷然たる視線に晒された女は戦慄を覚えながらも、同時に麻薬にも似た彼の不吉な美しさに酔っている自分に気付いた。
闇主の視線を無視するかたちで、女は寝台の脇にある格子窓に手を掛けた。
格子窓は大きめの造りで、開けると勢い良く外気が流れ込んできた。夜の涼気は心地よく肌をなぶるが、そんなことは魔性の二人には関係ない。
突然の行動に闇主が訝る中、女は窓から崖下の街を眺めて言う。
「火はあらかた消えたな。もう術を行使しなくとも、焼け落ちて灰色だな」
「それがどうしたというんだ?」
この後に及んで、足掻く気か?
「風を起こしてからは火の回りも速かったというのに、生き延びた者がいるな。人間というのは存外しぶといものだ」
夜風に長い髪をなびかせ、女は歌うように続けた。
「視力を奪ったと言っていたが、簡単な目くらましの術をかけただけなのだろう?あれなら私にも解ける。せっかく生き延びたのだ。解いてやってもいいか?」
「そりゃ、構わんが。随分とお優しいことだな」
今は人間なんぞを思いやる余裕など無いだろうに――――真紅の青年は、ますます訝しんだ。
「別に情けをかけた訳ではない。ただ、同じ踏み躙られる者として、同病憐れんだだけさ」
女の優美な声音は悲壮感とは無縁で、むしろ夢見がちだった。
この女は――――真紅の青年は悟る。
そして、彼はこの獲物の処遇を決めたのだった。
「お前は利口なのか馬鹿なのか、わからんな」
乱暴に引き寄せ、再び寝台へ彼女を縫い付ける。
「さんざん足掻いてみせるが、酷い目に遭いたいのだろう?」
それは問い掛けではなく、勝者であることに慣れきった傲慢な言葉だった。
けれど、組み敷いた腕は逃れる余地のある強さで、彼女に選べといっていた。
そして、女にはそれを振りほどくことができなかった。
言葉無く、ただ瞳を閉じる。
「いい子だ」
耳にするだけで陶然と酔いしれそうな声が響いた。
そうして、彼は優しく優しく、彼女を抱いた――――愛されていると錯覚する程に。
そのくせ、持てる力で彼女の過去を遡り、彼女がまだ唯一人しか知らず幸福だった恋の記憶を引き摺り出した。
どこまでも残酷で、甘い毒に彩られた腕。
荒ぶる熱に狂いそうに漂いながら、それでも自分が正気を手放せないことを、女はよくわかっていた。
男の肩越しに、格子窓がギィと音を立てながら風に揺れるのが見えた。
このときの自分は、偽っても偽っても制御できなかった想いを知らない。
狂えるわけがない。
格子窓が風に揺れ、ギィギィと音をたてる度に影も揺れた。
残酷な遊びを愉しむ男は、女の体を揺らす。
嘲りの冷たい眼差しは、偽りの炎に焼かれることを許さない。
命をなぞる、けれどただの遊戯を、下弦の月だけが見ていた。
<To be continued>
