「魂の自分として生きる3」 | ✿*Mami'sCafe✿*.゚

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レイキヒーリング、アクセスバーズ、スピリチュアル、カフェ、文鳥、野鳥、木、花、自然、、
日々感じていることを自由に書いていきます(*^^*)


おはようございますニコニコ
訪問していただきありがとうございます

のつづきです

スピリチュアルで断捨離が大事だと
言われるのは、、
この"浄化"とおなじですよね。
自分にとって不要なものを手放し
必要なものだけを大切にして生きる、、
ということなんです。

浄化が苦しいのは自我の抵抗が
あるから、、
自我は自分を必死に守ろうとするので
ずっと蓋してきた過去の傷を
わざわざ掘り起こして
もう一度傷つくような行為を
避けようとするのは当然ですよね。

自我は真実をみたくないし
目をそらしていたいんです。
外側に原因をつくっておきたいんです。
(ありのままの感情を感じることを
妨げるので、
「自分がわからなくなっていく」
んですね)

わたしの場合も激しい浄化がおこりました。
抑え込んできた激しい怒り、憎しみ、
ドロドロした自分の感情と
向きことになりました。

それこそ目をそらしていたい自分との
対面の連続でしたが、、
こんなドロドロを心の奥に抱えていたら
物事が歪んでみえるのも当然だな、、
とおもいました。

このドロドロは"隠したい想い"になり、
"誰にもバレてはいけない秘密"になり、
不安や恐れの感情の原因になっていました。
"誰にも愛されない"という想いも
この"秘密"を抱えていたせいです。
"本当のわたしを知られたら、、"
という不安と恐れが原因でした。

ありのままの自分で生きるためには
「秘密がなにもない」
状態になる必要があるんですね。
隠したい想いがあったら
怖くて無防備に自分を解放することなんて
できないですよね。

なので自分のなかにある、
誰にも見せたくない、
見せてはいけない(と思い込んでいる)"秘密"を
すべて暴いていくんです。
みたくない、と抵抗する想いこそ、
表に引きずりだしていきます。

でも安心してください 。
どんな醜いものが自分のなかに
潜んでいるんだろう、、と不安になっても、すべての感情の根源にあるのは
間違いなく"愛"です。
ドロドロの正体も"愛"です。

完璧な愛の存在であるひとのこころの中に
醜いものなんてありません。

産まれたての赤ちゃんのこころに
醜いものはないってわかりますよね?
存在の純粋さは大人になっても
なにも変わってないんですね。

自分が隠さなくてはいけないほどの
醜いものを抱えている、、と感じている
とすれば、それだけ心が綺麗だと
いうことですよね?
本当にこころが汚れていれば、
それを醜いもの、、と思わないはずなので、、
自己否定してしまうひとほど
こころは優しく純粋でキレイだと
いうことになりますよね。

怒りや憎しみ悲しみの感情を
抑え込んでしまったのも"愛"が
あったから、
激しい怒りも憎しみも根源は深い愛なんです。

ひとは得体の知れないもの、
原因がわからないものに対して
不安や恐れを抱くので、、
正体を突きとめればいいんですね。

暗闇のなかに得体の知れないものが
潜んでいる、、
という想いが不安と恐れを引き起こします
わたしもそうでした。
でも潜んでいたのは
想像していたような
恐ろしいモンスターではなくて、、

気づいて欲しい、、と怯えて震えていた
"小さなわたし"でした。
長いあいだ必死に"隠していたもの"は
"愛を求めているだけのわたし"でした。
見つけてあげたとき号泣しました。

生まれたときの純粋な存在のまま、
ひとは愛のカタマリです。
ただそれに気づくだけ、、、
必要なのはそれに気づくための
"勇気"だけです。
一歩をふみだせば、
"なにも恐れる必要はなかった、、"
という真実があるだけ、です。

わたしは"隠したい秘密"がなくなったので
もう自分を硬いヨロイで守る必要が
なくなりました。
ありのままの自分を隠す必要は
なくなりました。

トンネルの先には必ずヒカリがある
なにもこわいものはない、
自分の存在がヒカリだとわかれば
すべてのひとはヒカリだとわかる、
見える世界もヒカリに満たされます。
すべてがこころの投影です。

長々と読んでいただき
ありがとうございました

"なにがあっても大丈夫"(合言葉にします
きょうもワクワクhappyな一日を♡

WithLoveMAMI