演劇をする上で、必ず必要な物ってなんでしょう

舞台セットも美術も、小道具も衣装もメイクも、音も光も、全部「あればいいもの」なんです。

ここはお寺です。
と一言言えば、演劇の世界では、そこはお寺です。わざわざ五重塔作らなくても鳥居建てなくても賽銭箱用意しなくても、そこはお寺なんです。

姿勢を作って言葉を選んで老人を本気でやれば、上下ジャージで運動靴でも刀や袴を身に付けなくても老武士に見えるんです。ちなみに稽古場だとこれが普通です。

音や光がなくても、夜だと言えば夜で、雨に濡れる仕草をすれば雨なんです。

それくらい、人の表現力と想像力には力があると思うんです。

極論、劇場だって、台本だって、もちろん演出家だって、必ずしも必要とは限らない。

野外で普段着で雨の降る夜にお寺へと向かう老武士を演じても、成立するんです。

もちろん、そうとうな演技力と共に、お客さんの理解力がかなり必要になりますが。

じゃあ、いったい何のためにこれらがいるのか。

それは、お客さんに分かりやすくするため、この一点だと思います。

ここがお寺だと言って伝えても認識してもらうのに時間がかかる。
でも背景に五重塔があったり鳥居が建ってたり賽銭箱が置かれてたら、伝わるまでの時間が短くなる。ここがお寺だと、分かりやすくなる。

衣装や小道具に関してもそう。
袴をはいて刀を持って、老人なら相応のメイクを施せば、誰が見ても老武士です。

明かりが暗くなれば夜だし、雨の音がしてくれば雨です。

それらをやるために、劇場があるんです。お客さんに、これから行われるのは演劇なんだと理解してもらうためです。

台本だってそう。
演劇界には、インプロ、エチュード、アドリブなんていう便利な言葉もあるからです。台詞をど忘れした役者がとっさに喋るのはアドリブです。でも本気でやってさえいれば、案外通じてたりもする。でも毎回それじゃお客さんに不公平だから、台本があるんです。

演出家なんて一番要らないんじゃないかな?出演者全員がちゃんと自分達を客観視できて伝えたいことをちゃんと分かりやすく偏ることなく真摯に伝えられていさえすれば、いらないんです。

そしてその世界にいち早く入ってもらうために、綺麗に整えてお出迎えするんです。ようこそ、演劇の世界へ。って。

今自分が表現したい世界を、少しでも早くそして分かりやすく理解してもらうために、これらがあると思うんです。

そういう意味で、役者が秘め持つパワーは偉大です。

ものすごい人の前では、なにもいらない。
邪魔だと感じるときすらある。

じゃあ、何で僕は今台本を書いているのか。

それは僕がやりたいこと、表現したいこと、伝えたいことを

お客さんに、それも出来る限り多くの人に、分かりやすく、理解し、納得し、楽しんでもらうためです。

すべては、見に来るお客さんのためなんです。

演劇に必ず必要なもの

それは、演者とお客。

まとめれば、人です。

僕は、そう思います。

もちろんこれは僕個人の考えですから、人それぞれあっていいと思いますけどね。

演劇に関わる全てのスタッフが、こういう心持ちでいることを願っています。