演劇を全く知らない人から純粋に質問された


「演出家って、なにするの?」


僕はびっくりした


その質問が、ではなく


その質問にすぐ答えられなかったからだ


むしろ、悩んでしまった


「演出家って、何するんだろう?」


単純がゆえに複雑な疑問を持ってきたこの人に興味が湧き


そして僕はその人に、質問をした。


「会社の社長って、何する人なんですかね?」


その人はこう答えた


「みんなの目指す目標を提示することじゃない?」


頭をガツンと殴られたような気がした


何かをまとめるという意味では


演出家も会社の社長も同じ


そういう意味で僕も質問したんだけど


この答えは、なんというか、当たり前すぎて


当たり前すぎて、忘れてたような気がする


僕は、そんな当たり前が、出来ているのかな


物事の本質を、僕の原点を


僕は忘れていたような気がする


じゃあ僕は、何を提示することが出来るんだろう


皆が目を向けられる、目指せるような


そんな目標を、僕は提示できるのか


ずっと考えた


ずっとずっと考えた


結局、ひとつしか思い浮かばなかった


でもそれは、僕が役者を始めてからずっと思ってきたこと


そして役者なら誰でも、一番に考えるであろうこと


「お客さんに、楽しんでもらうために」


もっと細かく言えば


「見てくれる人に、少しでも有意義な時間を過ごしてもらうために」


僕は前からずっと、そのことだけは忘れずにいたはずだ


僕らは、エンターテイメントの世界に生きる人間


一人ではなんにもならない


見てくれる人がいて、初めて成り立つ職業なんだと


時間とお金と人生を使って見に来てもらわないと


僕らは存在することができないんだと


その人たちのために、僕らは演じ、発表するんだと


そんな当たり前な、基本的なこと


だけど忘れがちで、見えなくなりがちなこと


ひょっとしたら、こんなことは百も承知で


改めて目標として掲げるなんて、って思うかもしれない


でも絶対に忘れちゃいけないことだと、僕は思う


少しでも有意義な時間ってのはつまり


一人だけじゃ、成し得ないこと


自分だけがよく出来上がっても、作品は不十分で


そこで、少しでも、って所で全員がひとつにならないと


自分を良くするのももちろん大事だし大切なことだけど


全員で、ひとつの作品を創ってるってことを意識しないと


この目標は達成できないと思う


やる方には、そりゃいろいろある


自身の成長だったり、ステップアップだったり


意地だったり、プライドだったり


面白いと思う観点や、芝居の作り方とかだって


ひとりひとり、みんな違う


でも、それらは全て


お客さんには、関係ない


どんだけ苦労したとか、どんだけ頑張ったとか


どんだけ泣いたかとか、どんだけ笑ったかとか


どんだけ体調悪いとか、どんだけ調子がいいとか


どんだけ伸びないとか、どんだけ成長したかとか


どんだけ我慢したとか、どんだけ自由にやったとか


どんだけ仲が悪いとか、どんだけ仲が良いとか


どんだけ良かったとか、どんだけダメだったとか


どんだけ失敗したとか、どんだけ成功したとか


プライベートでなんかあろうがなかろうが


仕事でなんかあろうがなかろうが


恋愛でなんかあろうがなかろうが


それらは全て、お客さんには、関係ない


その全てを、お客さんが知ることはない


ステージの上に立って、本番が始まれば


それが、全てなんだ


自分のお客さんに自分だけ見てもらえばもういいや、って


それは完全に役者のエゴであって


そこで見せた全てのものが、お客さんに映るんだ


綺麗事だろうがなんだろうが


これだけは絶対間違ってない


だから僕はいつも、客出しの時にも笑顔でいる


申し訳なさそうにしてたら、それこそ申し訳ないと思うから


客出しで送り出すまでが舞台なんだと、僕は思うから


今日はイマイチだったなって顔で、お客さんを送り出したくない


役者にとっては全公演のひとつでも


そのお客さんにとっては最初で最後の公演なんだ


例えば飯を食いに行って会計するときに


実はあの料理ちょっと失敗してたんですよね


って言われるようなもので


そんなの言われて、気分が良いはずがない


失敗したものを出したのかよ!ってことになる


料理なら出す前に作り直せるし、だいたいお金も最後だけど


舞台はそうはいかない


最初に払って、目の前で作って、その場で見てもらうんだ


だから、絶対に失敗しちゃいけない


少なくとも、絶対に成功させると自信持ってやらないと


そして僕は、皆が自信を持ってお客さんを呼べるように


お客さんの前で、いまいちだったなという顔をさせないために


笑顔で送り出せるように


最大限、力を使わなければならない


こんなところで、つまづいてる場合じゃない


最後に舞台に立つのは僕じゃなく、皆なんだから


「全ては、その日来てくれるお客さんのために」