最近思うのは、人は簡単には変われないということ。

良くも悪くも培った人生経験は、冒険を拒み、リスクを避け、一か八かの戦を挑まなくなる。

それは平穏と退屈を呼び寄せる。

堕ちていくかも知れないけど、限られた時間の中で色んなことをやってみたい。

だけれども、今の境遇に置いてもまだまだやりたいことも多い。

戦略的な人生設計を構築して実行するのが賢いのか。

人生一回目の自分に正解はわからない。


最近、体を壊してしまい、ほんの数ヶ月だけれど、「自分の人生はそう長くないかも知れない」と考えた。

これまで、年齢を重ねることに抵抗を感じ、日々老化する自分、日々消費する時間に焦りを感じてはいた。

その根底には、何となく漠然と自分の人生があと30年くらいは残っているのだとどこかで考えていた。


思い掛けない終わりは、病気だけでなく事故もある。

車が突っ込んでくるかも知れないし、上から鉄板が降ってくるかも知れない。

飛行機が墜ちるかも知れないし、色恋沙汰で刺されるかも知れない。

この次の瞬間には、自分の人生は終わっているかも知れない。

これは誰しもに当てはまること、例外はない。

みんなそんなことは解っている。

解った上で目を反らしている?

避けようのない事実に向き合っても仕方ないと割り切っている?


そんなことを考えているうちに、明日が必ずしも約束されていないことを実感する。

今日が人生最後の日だと思って精一杯生きる。

それは良く聞く素晴らしい言葉だけれど、現実的でない。

確率的には、明日は来る。

明日はないものとして、自分の全財産を散財する?

それはとても馬鹿げた行為だと思うし、僕はYouTuberでもない。

そんなことをしても、キャバクラで渇いた嗤いを得るネタになるだけ。


だけど、それが明日ではなくて10年後だとしたら。

10年後、自分が健康で過ごせているのか。

少なくとも今の自分には自信はない。

10年後の幸せのために、今何かを我慢するのは得策なのか。


自分から見たら、大抵の人が当たり前のように手に入れている幸せを手にしたいと思う反面、破滅的な日々に憧れてもいる。

もし、自分が死ぬ瞬間に立ち会えるとするなら、いや、もしその瞬間を知らずに死んでしまうとしても、「まぁこんなものか」と思えるような人生にしたい。

あの日思い描いた自分ではないけれど、悪くない。
やり残したことはあれど、後悔はない。

日々、そんな風に思いながら過ごしていきたいと思う今日この頃。