「しあわせの青い鳥」
6年間にもわたって、私は追い求めていたのです。
しあわせの青い鳥さえ見つかれば、このささくれ立った心に平穏が訪れる。
そう信じて。
ですから今までとは違う新しい人生を、必死で模索していました。
新しい人生とは、親父という存在に支配されない人生。
親父によって巻きつけられた鎖を断ち切り、オレは自由に空を飛ぶ!
何が何でも絶対に見つけてやる、しあわせの青い鳥を!
まぁ、そんな感じだったわけです。
けれども、どれだけ探し回ってもしあわせの青い鳥は見つかりません…
悲しいほどに…
反抗期真っ只中の頃、当然のごとく私は考えていました。
これまでの人生は明らかに屈辱的であり、決して自分が望むものではないと…
ですから新しい人生を求めて、「外の世界」に目を向けたのです。
外の世界とは、すなわち親父との断絶であり、親父を必要としない人生。
なぜなら望んでいない現状を作り出したのは、私が歩んできた過去に他なりません。
過去とは「内の世界」に属し、その中心に親父がどっかりと腰を下ろす世界。
確かに楽しかった思い出はあります。
でも、評価できることなどは皆無に等しいと、私の中では全否定していました。
要するに内の世界にはしあわせの青い鳥などいないと信じて疑わなかったわけです。
どうりで見つからなかったはずだ…
私の心を満たしてくれるしあわせの青い鳥が…
血眼になって外の世界をさまよい歩き、必死で探し回っていたわけですから…
