どれだけ「外の世界」を探し回っても、しあわせの青い鳥は見つかりません…
かくして散々に打ちのめされ、自分自身に絶望して家に帰ってきた…
ところが、いたのです!
外の世界にいると信じて疑わなかった、あのしあわせの青い鳥が家の中に!
要はこういうことです。
外の世界でしあわせの青い鳥を探すという行為は、私にとって親父への反抗でした。
でも、大学に進学して一人暮らしをはじめ、形の上では親父から解き放たれたのです。
そして反抗する対象を失った私の目から、ようやく色メガネが外れました。
この世界を斜に見ることしかできず、同時に視野を極端に狭めていたメガネが。
そんなものをかけていたら、しあわせの青い鳥など見つかるはずはないでしょう。
かくして曇りのない目で内の世界、即ち親父がいる世界を見渡してみたのです。
すると荒ぶる心の波に隠れて今まで見えなかったものが、否応にも見えてしまった…
つまり自分ではなく、親父の感情にフォーカスすることができたのです。
様々な出来事が脳裏を過ぎっていきます…
あのとき親父は何を思っていたのだろう…
そのとき私の心を満たすしあわせの青い鳥が見つかったのです!
ずいぶんと遠回りをしました…
当の本人はそれが近道だと信じ切って、ひたすら突き進んできたというのに…
けれども、遠回りしたからこそ、見つかったときの心のふるえがより大きくなるのです。
それまでの人生を変えてしまうほどに。
本当に大切なものはすぐ近くにあっても、容易には気づけません。
それがあまりにも当たり前だから。
幸福とは、そういうものだとつくづく思います。
あなたにとってのしあわせの青い鳥は、すでにいます。
ただ今は見えないだけで。
