思考から逃れることは不可能

「救世主」には自覚が必要

「スプーンを曲げたければ自分が曲がることだ。本当はそこにスプーンなんてないんだ」

「運命なんて信じちゃだめよ。人生は自分で決めるもの。」

モーフィアス「道を知ることと実際に歩くことは違う」

トリニティにとって「恋に落ちる相手=救世主」


マトリックスは、かなり理解が難解な映画だ。
私はどうしても、預言者のシーンは、理解不能だったが、こちらのブログを読んで、

にゃるほど〜ひらめき

と、理解した。
まあ、半分はまだ、理解不能だが(笑)

それくらい、スタイリッシュすぎて、短い言葉が、全てを表現している映画。

この預言者やモーフィアスの言葉は、覚醒者が覚者だと自覚するための、アドバイス、ガイド、なのだ。

だから、自覚するためには、ネオ自身が自分が救世主なのだと、頭ではなく心の底から信じなくてはならない。
ネオは、自分で自分が救世主だと、どうしても信じられなかったが、トリニティに

あなたは救世主だ 

と言われ、初めて腑に落ちる。


ところで、私が宇宙神に言われたことを思い出した。

覚悟しろ

と言う言葉の意味は、これではないか。
自分自身で、自分が救世主であることを、自覚しろってこと。

人生は、自分が自覚を持って歩くもの。
目覚めた人間として。

誰かに私は救世主だと、言ってもらいたいものだ。
なぜなら、私はまだ、自分が救世主だと、信じられてはいないからだ。
精神世界は、あまりにも現実社会から離れたものだと感じるので、私は現実世界にまた、埋没しようとしている。

だから、私は私を、救世主(the one)だと、心から信じなければ、覚者の道は、挫折する。