現福岡県糸島市にある応神天皇と神功皇后の
筑前国怡土郡の所縁の神社です。
正月ですので、以前投稿した神社も含めて初詣のつもりで両祭神
の筑前の所縁の神社を整理して投稿しています。
1、鎮懐石八幡宮
神功皇后が三韓征伐の時、懐妊され出産を鎮めるための石を
御裳(みそ)の腰につけ凱旋後に無事に応神天皇を出産された。
その2つの石を奉納されたのが鎮懐石八幡宮です。
最初の写真は石橋と鳥居ですが鳥居の右手前に万葉歌碑がある。
神亀3年(726)山上憶良が筑前守に任じられ、鎮懐石の故事を
知って当地で詠んだ長歌と反歌が刻まれている。(万葉集巻5)
その反歌は 「天地の共に久しく 言い継げと
この奇魂(くしみたま) 敷かしけらしも」
この歌の序では 「筑前国伊都郡深江村子負(こう)の原の海を
望む丘の上に2つの楕円の卵の様な石が有り、長さ1尺2寸
周囲1尺8寸と長さ1尺1寸周囲1尺8寸」と記載されている。
また、鎮懐石は後世は皇子産石や子産石と呼ばれた。
次の写真は、鳥居を潜り本殿に向かう参道
11月下旬でしたが紅葉が残っていました。
また境内からは眼下に美しい深江の海岸が望めた。
次の写真は、拝殿と本殿です。
祭神は神功皇后、応神天皇、武内宿禰の3神です。
鎮懐石の場所については、
古事記は筑紫の伊斗村
日本書記は伊都郡の道のほとり と記載している。
<参考資料> 鎮懐石八幡宮の由来書
当社の宮司さんのお話
2、筑前国の応神天皇と神功皇后所縁の神社の位置図
今回は、③と④の神社です。
3、糸島宇美八幡宮
糸島市長野川に面した所にある宇美八幡宮です。
福岡市にある宇美八幡宮と同じ名称の神社です。
次の写真は、一の鳥居で左には藤棚がありシーズンは
とても美しいそうです。
また、鳥居の手前には数基の支石墓の天井石が有りました、
付近の長野地区には約40基の支石墓が発見されており古代
より集落が存在していたようです。
次の写真は、2の鳥居を過ぎた本殿に向かう石段の参道です。
左のブルーシートは2019年9月の台風で拝殿前の樹齢1,000年
目通り9.8mの2本の大樫が倒木した養生シートです。
拝殿前に倒木した根が痛々しい姿で残っていました。(写真の左上部)
倒木した当日はビックリする轟音を発したそうです。
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次の写真は、中宮の拝殿と本殿です。
祭神は、応神天皇、神功皇后、玉依姫、
邇邇芸命、気比大神と菅原大神
この本殿の奥の山頂に小規模の前方後円墳があり、
上宮と云われ仲哀天皇を祭神としている。
<ご参考>
①この神社の創祀は古く平群木莬宿祢(武内宿禰の孫)
が神功皇后の三韓征伐の時、神助された気比大神を
767年に祀ったのが始まりで、後に応神天皇、神功皇后
玉依姫を勧進した時に八幡宮を称したと伝わる。
福井県の気比神宮には仲哀天皇と神功皇后を祭神
②日本書記は応神天皇の生誕地を筑前国怡土郡長野村
蚊田と記載している。
③現在の宮司さんの武内公文さんは第80代だそうです!!
<参考資料>
当社の縁起書
地元の方のご説明(宮司さんだったかも?)