王監督が監督を辞められるそうです。


僕は王選手の現役時代をリアルタイムでは知りません。

世界中でホームランを一番かっとばした人、、


その記録も物凄いですが、僕には巨人の4番の王さんでなく監督の王さんの方がたくさん記憶に残っています。


「ひとつの道にどっぷりつかって、68歳になっても、ときめかせてもらえて、幸せでした」

「選手はいつも監督を見ている。先頭にたって突撃していけなくなってしまった以上チームの士気に関わる」



そう話す王監督に素直に感動できるのは、王監督が嘘でなく本当の胸の内を話しているんだなと思えるからです。

そしてそうやって堂々と話せるのは、勝ちや負けも含めて自分のやってきた事に後悔がなく、自分の道を信じて歩んでこられたのではないかと思ったりします。


「本当に思ってんのかよ!」とか「それ嘘だろ!やらせじゃねーか」とか感じる事がとにかく多いこの昨今、どっぷりつかってやりきりましたと胸の内を語り、幸せでしたと去っていく姿のなんとかっこいい事か。。


TVや新聞でみる限りですが、王さんの歴史はそれこそ成功と苦難の繰り返しにみえます。

世界の王となった巨人で監督になるも日本一にはなれず、閑古鳥鳴く当時のパリーグの万年Bクラスの、ユニフォームもちょっぴりダサめの地方のチームの監督になって十数年、、でも今やそのチームをAクラスの常連にし病気になりながらもWBCで世界一になって


王監督が語る姿には勝ち負けを超えた、品格や自分に対しての美学のようなものがあると感じます。


楽屋で原さんと王監督の話をしたら、原さんは子供の頃40年以上に王選手に手紙を出した事があるそうで
そしたら王選手から「王貞治」と万年筆で自署された写真が返ってきたんですって、

子供心にすごく嬉しかった と話してました。


きっと日本中で同じように喜んだ子供達や大人もたくさんいるんでしょうね。



野球に限らずスポーツの一番素晴らしいところは、嘘がないという部分だと思います。

たとえ管理する組織や社会に、様々な取引や利益の算段があったとしても

それが行われているグラウンドやトラックの中に嘘がないから人はそれに感動できると思うのです。

年齢も言葉の違いも金持ちでも色が黒くても黄色くても関係なし


“一番早くはしれる人が1位”

“相手のゴールにより多く入れた方が勝ち”


よく考えると確かにお遊びの延長でできたようなルールの数々です

食って寝て服をきて移動して会社で働く といった生活には直接関係のない物なのかもしれません。


でも人が人生を過ごしていく上では希望が必要で、夢見ることが必要で、生きがいが必要です。


そんな遊びのようなスポーツの中で、人が人生をかけて真剣に競う姿を見て、その生きざまを自分に投影し、一喜一憂し、感動して涙を流したり、明日も頑張ろうという元気や、自分もこうしようといったヒントをもらう時もあります。

もちろん自らそれをやることもできる。

嘘じゃないから だから感動できるんです。



少なくとも僕は元気とかたくさんもらってます。


王さん、少しのんびりされてから、もし体力が戻ったらもう一度WBCで雄姿を見たいです。







くぼかん