旅の途中、スサノオはとある村に立ち寄った。
 村の田畑は豊かであったが、村人に笑顔はなく、みな悲しげであった。スサノオは、辻の地蔵の傍らで泣いている父と娘に声をかけた。
「これこれ。何をそんなに泣いている。」

 父が答えるには、村はずれの山には『山ノ主』と呼ばれる大蛇がおり、毎年秋になると村へやってきて、豊かに実った穀物と村の娘を一人さらっていくのだという。言う事を聞かなければ、家も田畑も荒らされて、山から流れる川の水までなくなるために、仕方なく村人たちは順番に娘を差し出している。そして今年は、とうとう自分の娘を差し出す番になったが、娘が不憫で不憫で泣いているのだという。
 正義感の強いスサノオは、自分が大蛇を倒すことを約束し、村はずれの山へと向かった。

 木々がうっそうと茂る山道を登っていくと、どこからか楽しげな歌声が聞こえてきた。声のする方へ進んでいったスサノオは、目の前に現れた光景に驚いた。
「これはどうしたことだ。」

 そこには大きな沼があり、美しい娘たちが花の咲き乱れる水辺で、楽しげに歌い踊っていた。その傍らには、岩ほどもある恐ろしげな大蛇が一匹、悠々と寝そべっている。
「さては、あれが山ノ主だな。」
 スサノオは木の陰から飛び出し、持っていた剣を大蛇の頭上にかざした。不意を突かれて、さすがの大蛇もこれまでと思われた時、娘たちが間に割って入って命乞いを始めた。
「お願いです。山ノ主さまを殺さないでください。」
 スサノオは剣を下さずに言った。
「この大蛇は村を滅ぼす悪い奴だ。退治してくれる。」
 娘たちは、なお懇願した。
「山ノ主さまは良い方です。ここは何不自由のない楽園で、私たちは平和に暮らしております。」
 
 スサノオは娘たちに訊ねた。
「おまえたち、村に帰りたくはないのか。」
 娘たちは答えた。
「山ノ主さまは、私たちに自由で豊かな暮らしと、永遠の命を約束してくださいました。村の暮らしは貧しく、苦労ばかり。一生ここで幸せに過ごしたいのです。」
 スサノオはさらに問うた。
「お前たちの家族は悲しみにくれている。また、村が貧しいままで良いのか。」
 娘たちは一様にうつむき黙っていたが、一人の娘が意を決して進み出て答えた。
「私たちは『村のため』に犠牲になるよう差し出されました。再び『村のため』に、自分の幸せを犠牲にしたくはありません。」
 その言葉とともに、娘たちはたちまち蛇に姿を変え、山ノ主と楽園のためにスサノオに襲いかかったのだった。