水郷のまち「柳川」。柳川のまちには掘割が縦横にめぐっています。
その掘割は、筑後川沿岸の湿地や有明海の干潟を
農地に変えるために作られたもです。
また、柳川は柳川藩10万石の城下町としての豊かな歴史と文化を持ちます。
今回は、柳川を彩る掘割の役割と柳川の文化、歴史を学びます。
今回のプログラムを実施してくださるのは、
「まちづくりネットワーク柳川」の皆さんです。
「まちづくりネットワーク柳川」は、城下町柳川の豊かな自然環境や
景観、文化を守るとともに、それらを活用したまちづくり、ひとづくりを行っています。
今回は地元柳川から参加してくれた子どもばかりですが、
違う学校の子もいるので、ゲームをして仲良くなります。
さて、この日柳川では、秋祭り「おにぎえ」が行われており、
大変賑わっています。
「おおにぎわい」がなまって「おにぎえ」になったと言われています。
お昼ご飯を食べた後、三柱神社に「おにぎえ」を見に行きました。
「おにぎえ」では、農作物の豊作を感謝して、
「どろつくどん」という山車の上で踊りが披露されます。
残念ながら、神社に到着した時には踊りの奉納は終わっていました![]()
「どろつくどん」は、三柱神社から御神幸行列をして日吉神社に移動します。
そして日吉神社で、踊りを奉納します。
だから、日吉神社での奉納を見ることにしました。
ただ、まだ時間があるので、どんこ舟に乗って、川下りをすることにしました。
舟は住宅街の中を進みます。
このあたりの家々は、昔はこの掘割の水を生活用水として使っていたそうです。
それで、家から掘割に出ることができるように庭が作られています。
また、掘割沿いには、あちらこちらに歌碑やカッパの像などが建っています。
その歌碑に刻まれた句のひとつは、詩聖北原白秋のものでした。
北原白秋は柳川出身だからです。
掘割にはカモの群れが気持ち良さそうに泳いでいます。
船頭さんがえさをまくと、カモが集まってきました。
街中のにぎわいとは違い、静かでのんびりとした時間が流れていました。
通常の観光川下りではできない、貴重な体験です。
なんだかへっぴり腰ですねぇ。
それでは、まっすぐ進みませんよ![]()
途中下船して、「ギャラリー柳川」に寄りました。
ここは歌舞伎や「どろつくどん」で使われる能面が展示されています。
なぜ、ここに寄ったかというと、
夜お面を子ども達自身で作ってもらうためです。
よーく観察しておいてくださいよ![]()
舟が終点に着いたら、「あめんぼセンター水の資料館」に行きます。
ここでは、掘割の歴史を学びます。
古代、柳川のほとんどは海だったんですね。
そうこうしていたら、御神幸行列が日吉神社に到着したようです。
「どろつくどん」では、それぞれの町ごとに
いろいろな神様の面を着けた舞い方が踊りを奉納します。
こちらはおかめ?
一番盛り上がったのがお猿の舞です。
勢いあまって、下まで降りてきました
このお面を今晩作るのです。どの面がいいかな?
夕方宿舎に行く前に、掘割の終着点、有明海に立ち寄りました。
有明海はちょうど日が沈む頃で、夕陽がとてもきれいでした。
ここでアクシデント発生![]()
子どもの一人が水際に降りる途中、
割れたガラスビンの破片を踏んでケガをしたんです。
急いで病院に連れて行きましたが、3針ぐらい縫わなければならなかったそうです。
心ない誰かが投げ捨てたビン。景観を汚すだけでなく、危険でもあるのです![]()
皆さんは、絶対ごみをポイ捨てしないようにしてください。
今晩は大川市ふれあいの家に泊まります。
夕食が済んだら、お面づくりです。
プラスチックの土台に、紙粘土をつけて形を作ります。
お手本を参考に、思い思いお面を作っていきます。
鬼の面のできあがりです。いい表情しています。
一晩乾燥させて、家で色つけします。
翌朝、柳川の城下町に戻り、街を探索します。
まずは「二丁井樋」。
満潮時に有明海の塩水が掘割に逆流しないようにする施設です。
次に六騎神社を経て、白秋詩碑苑に行きました。
北原白秋が通った矢留小学校の隣にあります。
詩碑には、北原白秋の代表作「帰去来」が刻まれています。
「帰去来」は、晩年目が見えなくなった白秋が望郷の念を表現したものです。
その白秋が幼少期に暮らした生家が保存されており、
資料館として公開されています。
北原白秋生家・記念館を見学した後、
裏にある歴史民俗資料館で、童謡コンサートを聴きました。
このプログラムに参加してくれた子ども達のためだけに
開かれたコンサート![]()
白秋の作品を披露してくださいます。
柳川市民は白秋を今でも慕っており、小学校では白秋の童謡を歌います。
だから、今回参加してくれた子ども達も一緒に歌います。
続いて旧戸島邸に行きました。
江戸時代に柳川藩士が建てた家で、庭園がとても美しいです。
柳川には名勝旧跡がたくさんあります。
こういう史跡や美しい風景をいつまでも守っていきたいですね。
バスに乗って、旧大和町にある雲龍の館に行きました。
「雲龍」というのは、江戸時代に活躍した第10代横綱「雲龍久吉」の名をとったものです。
資料館では雲龍久吉の生い立ちや相撲の歴史、
そして有明海について紹介しています。
雲龍久吉は横綱の土俵入りの形式のひとつ「雲龍型」の創始者なんだそうです。
第68代横綱朝青龍が「雲龍型」、第69代横綱白鵬が「不知火型」を採用しています。
2日目も有明海に行きました。
昨日と様子がずいぶん違います。
昨日は岸壁の上の方まで海水があったのに、
今日は波打ち際がずいぶん向こうの方まで後退しています。
有明海は干満の差が6mもあり、日本一なんだそうです。
そのことを実感してもらうために、2回も有明海を訪れたのです。
干潮であらわれた干潟には、ムツゴロウやシオマネキ、トビハゼなどの
生き物がたくさんいます![]()
有明海は生命のゆりかごと言われるように、
多種多様の生き物をはぐくんでいます。
しかし、近年海水汚染などの影響で、生き物が少なくなっているそうです。
有明海を眺めながらお昼ご飯を食べました。
子どもたちは食後波打ち際で生き物を捕まえはじめました。
予想通り、靴をはいたまま干潟に足をつっこむ子が続出しました。
水道もないのにどうするの![]()
昨日のスタート場所だった柳河ふれあいセンターに戻り、
まとめをしました。
模造紙に発見したこと、おもしろかったこと書き込み、
壁新聞を作ります。
最後にひとりひとり感想を言ってもらいました。
みんな柳川市に住んでいる子ばかりですが、
あらためて柳川の魅力を発見したようです。
盛りだくさんのメニューを提供してくれた
まちづくりネットワーク柳川のみなさん、ありがとうございます。



























