9月27日から28日にかけて、大牟田市で開催されたプログラム。
実施してくださったのは、NPO法人大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブ のみなさんです。
ファンクラブは、三池炭鉱関連の近代化遺産の保存と、それを活用したまちづくりを行っています。
みなさんは、黒いダイヤ
と呼ばれた石炭を知っていますか?
おとなは知っているでしょうが、21世紀の子ども達は普段目する機会はなかなかないと思います。
かつて、石油が普及する前、燃料として主に使われたのが石炭です。
SL機関車
の燃料といえばわかるかな![]()
そして、その石炭を掘っていたところを炭鉱と言います。
日本では北海道や福岡県の筑豊地方などで採掘され、日本の近代化を支えました。
しかし、エネルギー革命で燃料の主流が石油にかわり、また海外から安い石炭が輸入されるに従い、日本の炭鉱は閉鎖されていきました。
大牟田市でもかつてたくさんの石炭が採れ、とても栄えました。
しかし、現在では炭鉱はすべて閉鎖されてしまいました。
今では、石炭を掘るために使われた施設が当時の様子を伝えるのみとなっています。
でも、最近その施設が世界文化遺産の暫定リストに登録され、脚光をあびています。
そこで、子ども達に燃える石
石炭について、そして大牟田市の炭鉱の歴史と炭鉱が日本の産業に果たした役割について知ってほしくて、このプログラムを企画しました。
まずは、石炭と炭鉱について予習するために、大牟田市石炭産業科学館 に行きました。
今回初めて会ったばかりの仲間なので、ジャンボカルタをして緊張をほぐしました。
カルタには、炭鉱に関するキーワードが書かれています。
お昼ご飯を食べたら、科学館の内部を見学します。
科学館では、大牟田の炭鉱の歴史とエネルギーについて、わかりやすく学ぶことができます。
炭鉱の中で採掘する際に使用した道具「カンテラ」を着けてみました。
腰にバッテリーを装着するので、意外に重たいです。
この科学館の最大の見所は、三池炭鉱の坑内を再現したダイナミックトンネルです。
三池炭鉱では、時代が下るにつれ、次第に有明海の海底奥深くで石炭を掘るようになりました。
炭鉱の最後の頃には、なんと地下400mで採掘していたそうです。
その頃には、巨大な最新鋭の機械が投入されました。
ここでは、坑内で使われた本物の機械が展示されています。
予習が終わったら、炭鉱跡に出発です。
大牟田市のお隣、熊本県荒尾市の万田坑に行きました。
万田坑は、明治30年に採掘が始められた、日本最大規模の炭鉱なんだそうです。
現在は、国指定重要文化財・史跡に指定されています。
昭和29年に採掘が中止され、平成9年に施設が閉鎖されましたが、今でも当時の設備が残されています。
これは、地下深く掘られた坑道に降りるためのエレベーターです。
これになんと25人もの炭鉱マンが乗ったそうです。
万田坑の第一竪坑の深さを測る実験をしてみました。
糸の先にペンライトをつけ、たらしていきます。
水面についたら引き揚げ、糸の長さを測るのです。
第一竪坑は、現在はかなりのところまで地下水が浸水していますが、深さは273mもあり、横浜ランドマークタワーと同じ高さなんだそうです![]()
万田坑のまわりには、そこで働く人達が住む社宅や講堂などの施設がひろがっていました。
プールの跡も残っていました。これは、シャワーだったと思われます。
いよいよ、燃える石石炭を掘ります。といっても、地下400mまで潜るわけではありません。
大牟田市で石炭が発見されたのは15世紀のことです。
おじいさんが三池山でたき火をしようとした時に、偶然見つけたそうです。
今でも地表に石炭の層が露出しているところがあるので、簡単に掘ることができます。
子ども達は一心不乱に石炭を掘りました。
地層の勉強もします。泥岩の層、砂岩の層、それぞれのできた由来を学びます。
石炭の層もたくさんのメタセコイヤの木が倒れて、積み重なり、圧力がかかってようやくできたということです。
この石炭の層は海岸に向かって傾斜しており、次第に地中深くにもぐりこんで行きます。
この日は、リフレスおおむたに泊まります。
晩ご飯のカレーを作る際に、石炭を燃やしてみました。
もくもくと黒煙があがり、いやーなニオイがしました![]()
大牟田では、昭和の中頃まで石炭を使ってお風呂をわかしたそうです。
カレーを食べたら、元炭鉱マンの梶原さんのお話をお伺いします。
梶原さんは閉山するまで、炭鉱で働いたそうです。
真っ暗で粉塵が充満する坑内で働くことは、とても大変だったそうです。
炭塵爆発で多くの仲間が亡くなったそうです。
梶原さんをはじめとした炭鉱マンの苦労が、日本の重工業の発展を支えたのです。
1日目の最後に、国立科学博物館から借りたアンモナイトの化石をもとに、レプリカを作りました。
明日の化石発掘で、こんな化石が掘れるといいなぁ。
夜がふけたので、テントで寝ます。まだ9月だというのに、とても寒かったっ![]()
2日目は早起きして、リフレスおおむた周辺を散策します。
江戸時代のメインストリート豊前街道を歩きました。
すると、肥後国と筑後国の境を示す石碑を見つけました。
また、詩人北原白秋のお母さんの実家があり、その庭には大きな彼岸桜の樹がありました。
散歩してお腹がぺこぺこになったので、早く朝ご飯を食べたいのですが、今回は自分達でサンドイッチを作らなくてはなりません。
腹ごしらえが済んだら、いよいよ化石掘りです。
まずは勝立地区に向かい、ノジュールという化石を採取しました。
ウズラ卵ほどの丸い石のようなものです。
それを割ると、運が良ければ中からサメの歯などの化石が出てくるそうです。
だから、ファンクラブの人達は「ガチャポン化石」と呼んでいます。
毎年一人はサメの歯を見つけるですが、今年は誰も見つけることができなかったようです。
別のところに移動しました。藪の中を進んでいくと、石がゴロゴロころがっていました。
表面をよく見ると、二枚貝の化石が入っています。
その石を割ると、中にも化石が入っています。
アンモナイト、アンモナイト、アンモナイトはどこだ?
残念ながら、アンモナイトの化石はここにはありません。
化石掘りはここまでで終わりにして、宮浦石炭記念公園に行きました。
公園には、赤レンガの煙突がそびえていました。
この煙突の高さを、二等辺三角形の原理を使って測ります。
班ごとに計測します。正しい数値をだすには、三角形の底辺が地面と平行になるようにしなければなりません。
答えは、31.2m。どの班も結構近い数値をだしていました。
最後のご飯のメニューは、だご汁とおにぎりです。
みんなでおにぎりを作ります![]()
最後に、2日間で体験したことを班ごとにまとめます。
模造紙に写真を貼り、付箋紙に感想を書いて貼っていきます。
出来上がったら、ひとりひとり感想を言ってもらいます。
けーなちゃんは、おばあちゃんが大牟田に住んでおり、おばあちゃんが住むまちを知ることができてよかったとのことです。
「まちの物語」では、まちの歴史や産業、文化を改めて見直すことにより、そのまちの魅力を再発見することを目的としています。
大牟田にはまだまだたくさんの地域資源があるので、今度は家族でまた訪れてみてください。
























