今の気持ちを聞いて下さい。
私はなんで生きているのかな。
こんな身体でも生きていても
いいのかな?
でも、私は生かされているみたいだな。
中村久子さんや耳が聞こえないとか、目が見えない
そのような人達よりも落ちるけど、私は私でこんな障がいでも
生きている。
でも、生きていても本当に生きていていいのかな。
日々、そんな自問自答を繰り返す。
母とか姉のことを思ったら
私は生まれてすぐに死んだ方がよかったのかなと思っています。
だって、父があんな人だったから。
前にも書いたけど、お酒を飲むと人間じゃなくなっていたから。
刃物を母の喉に突き立てていたり
髪の毛をひっぱったりしていた
身体にもよく手をあげていた。
アザを作っていたの、父にやられて。
ある日に母が実家に行って私のおじいちゃんが、アザを見て「え?その身体はどうした」と言われた。
そして母は初めて話をしたら母のお兄さん達に「おい!この事はみんな知っていたのか?」と言って「すぐ別れさせろ、あそこの家にいたらおまえは殺される、長女だけを連れて来な、次女は置いて来い」でも母はそんな事は出来なかったみたい。
家に帰ったらまた父にやられていて障がいの娘の喉に手ぬぐいを巻き付けた。父と姉も殺して死のうと思った。
だけど障がいの娘の目を見たら出来なかった。
障がいの娘を背負って、電車にひかれようとした。川に飛び込もうと思ったけど、もう一人の娘のことが頭に浮かんで出来なかった。
こうして私たちは生きてきました。
でも私は外につれていってもらっても何も食べさせてもらえなかった。
「ここで待っていてね」と言われた。35~6歳頃までそんな事が続いていた。
私は食べれない障がいを持っている。
これも私の試練かな。
だけど父が亡くなる2年前頃から母に優しくなってどこに行くのも一緒に行きたいと言っていた。「こんな俺みたいな男と結婚はしない方がいい」と双子の姉にも言っていた。本当は父も姉の事を思っていたみたい。
姉も父の事を分かっていたと思います。父は寂しがりやだったと思います。
本当は男の子が欲しかったと私が10歳の頃に母のお腹に赤ちゃんができたけど、父は産んで欲しかったが、母はもし障がいの子だったらと怖くて産めなかったの。
父はよく女遊びをしていた。
うちのお店の人に手を出していた。よく子どもが出来なかったな。いてもおかしくなかったのに。
だけど父は外に行くと、人が変わったように優しい父だった。
もう時間になります。
寝ましょう。
書いてくれている人に、本当にありがとうございます。
それでは、おやすみなさいませ。