詩を書きます。

 

貴方は今どこにいますか?

 

お花の中にいますか?

 

何をしていますか?

 

楽しくやっていますか?

 

お花の中には犬がいますか?

 

犬と遊んでいますか?

 

目に浮かんできます。

 

貴方と犬が一緒に遊んでいます。

 

いろんなことが頭の中にでてきます。

 

とても楽しいでしょう。

 

きっとそうだと思います。

 

楽しくいてください。

 

そのうちに私も行きます。

 

そうしたら楽しくやりましょう。

 

どうか楽しみに待っていてください。

 

 

 

もう時間になってきました。

寝ましょう。

 

 

書いている人に有難うございます。

 

 

それではおやすみなさいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは。

久しぶりの投稿です。

また愚痴を言いますけど

貢市さんが亡くなってもう一年過ぎた。

でも私にとっては、まだまだ気持ちの中では生きています。

ああ、貢市さんが恋しいです。

どうして死んだの?

私は一人では生きていかれない。

みなさんに本当にご迷惑かけているのに、

なぜ貢市さん死んだの?

ああ、私も貢市さんのところにいきたくて・・・。

会いたくて、会いたくて・・

貢市さんなんとかしてください。

・・・と言ってもしょうがないですね。

 

今の私の体は痛みが色んな所にあって、

貢市さんがいたら本当にいいのに。

辛いのですよ。

こんなに愚痴を言ってすいません。

 

書いてくれている人にすみません。

もう時間になったから寝ます。

書いてくれている人に本当にありがとうございます。

それではおやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

あの・・少し聞いてくれますか?

 

1年前のことですが、貢市さんがガンで亡くなったことを聞いて下さい。

4月23日夕方の5時頃、

私と訓練の先生とヘルパーさんで貢市さんの家に行って、私が貢市さんの顔を見てこれはもういけないな・・・と思った。

目の玉がもう亡くなっている目になっていた。

そして貢市さんが便をしたいと言って、私たちは一度家へ帰ってきたけどすぐ弟さんから電話がきて、お兄さんの息が止まったと言ってきました。

その時、私たちはすぐ行きました。顔見たら目が閉じていた。

すぐ友達に電話をかけてきてもらった。

そして訪問診療のお医者さんにも電話をかけたら、夜の8時に来てくれた。

翌日午後1時かな・・?

葬儀会社に頼んで、貢市さんの体を持って行って色んな事をやってもらった。

 

友人にも色んな事をやってもらった。

本当は友人が一番やってくれた。私は何も出来なかった。

7日か8日たった後、お葬式をしました。火葬の時、昔のボランティア

やヘルパーの人が20人位来てくれた。

 

貢市さんは、俺が死んだら骨をトイレの中とか川に流して欲しいと言っていたけど、私たちは出来なかった。

貢市さんって何のために生まれてきたのかな?

お父さんとお母さんの介護して、それに私の介護もして、本当に貢市さんの楽しい事は何だったのかって?思っています。

 

でもね、私は貢市さんにはもっと生きていてほしかった。

 

寂しい・・会いたいよ。

寂しくて・・・会いたいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は貢市さんのことを

 

聞いて下さい。

 

貢市さんが亡くなって

 

もう半年が経ちました。

 

早いものです。

 

私はまだ生きてるかと

 

感じる。

 

貢市さんが入ってくる気がして

 

でも、もういないんだなと

 

思って

 

なんか寂しくなった。

 

籍を入れてもらったのが

 

12月25日だった。

 

私の人生で1番

 

最高のクリスマスプレゼントだった。

 

あぁ、、。

 

もっと生きてほしかったな。

 

貢市さんに会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう時間になりました。

 

寝ましょう。

 

書いてもらっている人に本当に

 

ありがとうございます。

 

それでは、おやすみなさい。

 

いい夢をみてください。

 

 

今の気持ちを聞いて下さい。

 

私はなんで生きているのかな。

 

こんな身体でも生きていても

 

いいのかな?

 

でも、私は生かされているみたいだな。

 

中村久子さんや耳が聞こえないとか、目が見えない

 

そのような人達よりも落ちるけど、私は私でこんな障がいでも

 

生きている。

 

でも、生きていても本当に生きていていいのかな。

 

日々、そんな自問自答を繰り返す。

 

母とか姉のことを思ったら

私は生まれてすぐに死んだ方がよかったのかなと思っています。

 

だって、父があんな人だったから。

 

前にも書いたけど、お酒を飲むと人間じゃなくなっていたから。

 

刃物を母の喉に突き立てていたり

 

髪の毛をひっぱったりしていた

 

身体にもよく手をあげていた。

アザを作っていたの、父にやられて。

ある日に母が実家に行って私のおじいちゃんが、アザを見て「え?その身体はどうした」と言われた。

そして母は初めて話をしたら母のお兄さん達に「おい!この事はみんな知っていたのか?」と言って「すぐ別れさせろ、あそこの家にいたらおまえは殺される、長女だけを連れて来な、次女は置いて来い」でも母はそんな事は出来なかったみたい。

家に帰ったらまた父にやられていて障がいの娘の喉に手ぬぐいを巻き付けた。父と姉も殺して死のうと思った。

だけど障がいの娘の目を見たら出来なかった。

障がいの娘を背負って、電車にひかれようとした。川に飛び込もうと思ったけど、もう一人の娘のことが頭に浮かんで出来なかった。

こうして私たちは生きてきました。

でも私は外につれていってもらっても何も食べさせてもらえなかった。

「ここで待っていてね」と言われた。35~6歳頃までそんな事が続いていた。

私は食べれない障がいを持っている。

これも私の試練かな。

 

だけど父が亡くなる2年前頃から母に優しくなってどこに行くのも一緒に行きたいと言っていた。「こんな俺みたいな男と結婚はしない方がいい」と双子の姉にも言っていた。本当は父も姉の事を思っていたみたい。

姉も父の事を分かっていたと思います。父は寂しがりやだったと思います。

本当は男の子が欲しかったと私が10歳の頃に母のお腹に赤ちゃんができたけど、父は産んで欲しかったが、母はもし障がいの子だったらと怖くて産めなかったの。

 

父はよく女遊びをしていた。

うちのお店の人に手を出していた。よく子どもが出来なかったな。いてもおかしくなかったのに。

だけど父は外に行くと、人が変わったように優しい父だった。

 

もう時間になります。

寝ましょう。

書いてくれている人に、本当にありがとうございます。

それでは、おやすみなさいませ。