一度、同じテーマで自分自身のふわっとした感覚を書きましたが、今回は自分の周りの様子を中心に綴ります。

※不妊治療をして授かった友人以外の話です。




還暦をとうに迎えた方で、子どものいないご夫妻が何組か知り合いにいます。


「当時、僕らの時はそういうこと(不妊という概念)知らんかったし、悩むこともなかったしなぁ」
「そういう方法が当時あったら、やってたかもね、知らんけど」

と、話ししてくださったことがありました。


きっと、手段があったら選択は違っただろうと、振り返られてのコトバなんだと思います。


でも、そこに深い後悔もないように思います。

どのご夫婦も、仲良く過ごされているし、好きなことを謳歌されている姿をみると、子どもマストではないと思う自分もいます。



一方で、同年代が身ごもったやら、幼稚園や学校にあがったやらそういう話をきくと、

 あぁ自分が見ない世界も見ているんだなぁと漠然と思うことがあります。

…例えるならば、自分が未婚どころか、付き合っている相手もいないうちに、結婚したとかカップル成立したとかという友人からのろけを聞く気分というかそんな感じですかね。

喜ばしいことでも

「大変だよー」とか

「自由になりたい!」とか

そういう言葉が出るのは

はたして、本心なのかなぁ
なんとなく思いあぐねることがあったり。

(表裏一体なんでしょうけどね
あ、唯一ママ友とか学区とか、お受験とかは面倒そうだなぁ、とぼんやり思いました笑



ほか…

 子どものことで喧嘩した!、

 子どもが成人したから離婚した!!

とかも聞きます…

…これはどう考えても、夫妻当人同士の問題・課題であって、子どもが足枷とかそういうことではない、と自分は考えます。



最初から子なしで決めてる、という同年代もいます。

そういう考え方、潔くていいな、なんて思うこともあります。


ほんと、多種多様だなぁ、と思うのです。


出身の田舎はそもそも、義務教育後すぐ身籠った友人もいますしね…(それだけは自分には選択肢なかったなあんぐり)



子どもがいることでどんな未来がくるかはわからない、



けど、




これから南海トラフくるよー

とか

首都直下型地震くるよ、

と言われるなかで、



このタイミングで

あえて子どももつか?とも理屈で考える自分がいるのも事実。真顔




イキモノだったら、理屈ぬきに

セイブツとしての存続!というものが本能にあり、それに従うだけなんでしょうね。真顔





オヤになる、ということを実現するだけだったら、

里親っていう手段もあるんだろうな、とぼんやり思うこともあります。

ニンゲンシャカイという単位の中の一員として次世代を育てる、という意味では、そういう方法も存在する、と認識はしてるんですよね。知らんぷり


ただ、まぁ、それに見合う責任をいきなり持てるか、そういう環境を作れるかはまた別なわけで…。ニコニコ




なんにせよ、ニンゲンって変にややこしいですねぇ知らんぷり

…あれこれ考えるのは、自分が腹決まってないだけ、ってのもありそうですが




はぁ…

もふもふ…

大きい犬飼いたいな…

(子どもの話どこ行った)