長女が最近 仕事に復帰しました
孫っちは保育園で楽しく過ごしていると聞いて 胸を撫で下ろしています
仕事をしている私は 大した協力もできませんが
先日 仕事がお休みの日に お惣菜を何品か作って 仕事終わりのタイミングに届けてきました
これからこうやって応援していこうって思う
ありがとう〜 助かる
ほんの一瞬のやり取りでした
そんな長女を 私の母が とても心配しているんです
母も私も 子供が小さいうちは 自分の手で育てたので 保育園に預けられる孫っちを不憫だと思っています
長女は働かなくては生活できないから 働くわけではなく
働きたいから働くのです
自分で働いて得たお金で 生活を豊かにして 自分を磨くお金は自分で稼ぎたいと考えています
私もその考えには賛成で できる限りの応援をしようと思っています
結婚したら 夫に養ってもらうことが当たり前で そのお給料をやりくりして
自分のことをいちばん後まわしにするのが 当然だと思って過ごしてきた私には
長女がとても頼もしく 輝いて見え ちょっと羨ましくもあります
幸せのカタチっていくつもパターンがあるし こうじゃなきゃ幸せじゃない!って石頭にならないで
色んな幸せに気づけるセンサーとか
自分が描いてた幸せのカタチとは違うけど こっちの幸せに自分が合わせちゃえ!みたいな柔軟性とか
そんな幸せに対する適応力みたいなのがある人が 幸せなのかなぁ なんて思うんです
長女がお勤めを始めてから 毎日のように 孫娘とひ孫を心配する母に
叔母である私の妹が お母さんが心配してもなんの役にも立たないんだから って笑いますが
心配してもらえるのも幸せなことでもあるから 母も微力ながら 長女を幸せにしているのかもね 笑
今 幸福感についてこんな風に思うのも 彼と出会ったからかな
先の見えない関係に 悲観的だった私が
彼との関係から幸せを感じ取ることがてきたおかげかな
自分の描く幸せのカタチが見つけられない状態で こっちの違ったカタチの幸せでも 私 幸せなんじゃないって 思った時から
すごく楽になって 幸せにもなって
幸せってこうやって見つけるもんなんだってコツが分かったっていうか
とにかく そんな感じで 今の私が存在しています