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人気歌謡1204回ホットステージ1位
音楽活動のこの2週間、全ての瞬間がHotStageでした。
誰が何と言おうとイ・テミンの世界観は最高です。
SHINee公式
KPOPの根源的罪悪感:テミン「Guilty」
テミンの新曲「Guilty」
テミンは独歩的だ。 Kポップの根源に積もった罪悪感を正面から見つめ、根こそぎ揺さぶるほどだ。
Kポップに深くはまったことのある人の中で罪悪感を一度も感じたことのない人はいない。 断言するが、必ずない。
罪悪感は、Kポップの華麗な外見だけをゆったりと楽しんできた人は決して見当たらない深い深淵で、
長い間生命力を維持してきた。 Kポップを成す要素が多彩になるほど枝を伸ばしていったこの感情は、
盲目的な愛が育てた花畑のようなKポップの世界を支える意外なエネルギー源だ。
需要と供給の両方で未成年者を主要動力とする産業の生まれつきの限界、
幼い練習生たちがデビューのために経なければならない苛酷な訓練過程、避けられない由緒ある対象化、
依然として侮ってみる視線と自己破壊的熱望の間でギリギリ乗る愛の綱渡り。
罪悪感の下に潜んでいる事情は他にもいくらでも存在する。
何を想像してもそれ以上を見られるところで、テミンがGuilty、罪悪感というキーワードを取り出した。
いよいよ来るべき時が来たという感じだった。 これまで夢と理想、理性と本能、ジェンダーなど容易ではない主題を
徹底的に狙われたパフォーマーの立場で解釈してきた彼が投げた罪悪感という単語は、
明らかに辞書的意味だけで近付くことはなかった。 依然として定義しにくい複雑な感情の上に、
テミンという人物が長い時間積み上げてきたイメージが自然に重なった
アルバム発売前に公開されたイメージとティーザー映像、ミュージックビデオとアルバム構成品の隅々に溶けたテミンは、
私たちがずっと前に覚えて一度は愛したテミンの姿に近かった。 末刊の姿で登場した彼は、しばらく幸せな時間を過ごすと、
すぐに分裂し、破壊し、破壊される。 正確な描写よりは抽象的なイメージを伝えるのに卓越したKポップ式ビジュアルらしく、
7大罪悪で人間の本性を扱った各種映画とドラマにたとえた解釈が飛び交うしかない曖昧さの中で、
ただテミンだけが明確だった。 二度と考える必要もなかった。 これはテミンに関する話だった。
テミンが投げたカードは、それ自体が混沌だ。 ずっとそっぽを向いていた質問に、すべて疑問符が貼られてしまったためだ。
気難しい相手にできる最大の逆攻は、相手の質問そのままを疑問形に変えることだという真理が自然に浮かんだ。
15年前、まだかなり成長が残っている手足を壊せ、振り回しながら神々しいように踊っていた15代のテミンを見て、
人々が感じたほとんどの感情はおそらく驚異と罪悪感の間のどこかだっただろう。
「1万時間の奇跡」に証人のように登場したり「19の最後の夜、20歳になった自身があまりにも不足していて
声を出してわんわん泣いた」というエピソードを淡々と伝えるテミンの姿は危険なほど自分を追い込んでこそ迎えられる
ある境地だ。 彼を称賛すると同時に、憐憫を感じる自分に対する嫌悪は、Kポップの力学の中で皮肉にも
再び相手に対する沸き立つ愛情によく変わる。 そのように沸き立つ不特定多数の情念が大気をふわふわに満たした瞬間にも、
テミンはダンスを踊って歌を歌った。 もがくようなダンスを、絶叫のような歌を。
罪悪感をはじめとしたこの形を知らない想念を抱くのが結局、テミンの実力というのは今更のことではないだけに
驚くべきことだ。 彼の質問カードは、テミン、ひいてはKポップアイドルを思いながら人々が思い浮かべる
ほとんどすべての種類の罪悪感と背徳感を何の悪意もなく大衆の前にただ並べるためだ。
そして、少しも揺れない姿勢でその上に立って、自分の人生を文字通り変えた音楽と舞台に喜んで昇華させる。
少なくない人たちがテミンの舞台を見て魅了されたように使う「聖なる」という表現は、
単に見慣れたKポップの誇張された比喩ではなく、世俗を超越した人から見える気運をありのまま描写したことに他ならない。
カムバックに合わせてウェブ芸能「シュチタ」に出演したテミンはこのような言葉を残した。
「僕は大衆性とアイデンティティの中で僕がうまくできることを選び、それを変えずに続けているだけだ。」
両手いっぱいにあふれるほど握ったにもかかわらず、自信が持てなかったことに対する欲望を隠すことができない
犯人たちが十分に恥ずかしい言葉だった。 自分が持っている欲望の方向を正確に認知し、
毎瞬間本気で追求してきた人の前にいかなる恥ずかしさも立つ場所はない。
そのような人だからこそ、K-POPの一番底にあるものをすべて掻いて水面上に引き上げても、
まったく過度に感じられないのだろう。 独歩的という言葉を簡単に使いたくないが、
この人だけに惜しみなく使ってもよさそうだ。
テミンは独歩的だ。Kポップの根源に積もった罪悪感を正面から見つめ、根こそぎ揺さぶるほどだ。
実にすばらしい力だ。
すごく、うんうんと思いながら読んだ記事だった。
テミンの世界観とかコンセプトというものを考えた時
ぼんやりとはこんな感じとは思えるのに
いざ言葉にしようとするとはっきりとした答えが見つからない。
だから、堕ちたままなんだろうな。いつもいつも。
おつかれさまでした。















