ここ数日はぁ~と出るため息の意味がなんとなくわかって
サイトのニュースでしっくりきた。
あたしはしっくり来ても誰かにはまだまだ痛みでしかないかもしれないので
2年前のジョンの事含め送って行った人たちのお話しが書かれておりますので
スクロールは自己責任でお願いいたします。
痛ましい悲しいニュースがあがるたびに
続く悲しい連鎖という感じで取り上げられて、切り取られて、関連付けられて
ツイなどファンじゃない方たちが名前も書きこむからトレンド入りしたり
その度にあの日の写真が出たり
世間とは・・・世間とは…と思う事が多いけれど
嫌なら見なければ良いしアプリを開かなければ良い話だし
目をギュッとつぶって通り過ぎる事もできるはずだし。
それでも見るのは
늘 그 자리에 (Honesty) の歌詞を思い出すから。
良い時だけそばに来て楽しみだけ吸い取って終わりにしたくないし
まぁ、それでもいいのがペンでもあるとも思うけれど
自分なりに知りたいし、理解したいと言うか認めたいというか探したいというか・・・
きっとどうして?と思ってももう本人の口から聞くことができないし
誰かにどうしてだと思う?と聞いてもわかるはずないし
更には自分も感じてきた事しかわからない。それが正しいかどうかも照らし合わせようがない。
ため息の数だけ、それ以上に見つかるはずのない答えを探したいのかもなと。
月日が経って悲観だけでため息が出るわけではなく
少しずつ冷静に知ろうとしなかった、観てこなかった頑張った姿なども含めて
まだまだ知らない事や知れることがあるんだよな。
知らないから苦しい。なら知ればいい。
そう思った記事だった。
↓ ↓ ↓
2年前、シャイニーのジョンヒョンが離れた時息子は部屋の扉を閉ざして二日を部屋の外に出てこなかった。 そして48時間をずっと寝て過ごした。この前、ソルリがまた、そんなにふらっと去ってしまうとすぐに私はその時書いた文を再び探して読んでみた。
また見てもまことに胸の辛い記憶だ。 そしてここで記憶だけで終わっていなければならないことが昨日また起きた。 もう口にするにもとても心が痛い彼女の名前は‘ク・ハラ’だ。
何かを書くことが、今ではとても慎重で難しいが2年前に書いた文をこちらに上げてみる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
子供の電話を受けたのは、昨日の午後7時40分。恐怖で真っ青になった声が聞こえてきた。
「ママ・・・シャイニーのジョンヒョンが死んだそうだよ・・・」
インターネットに無礼なやからによる記事が浮かび上がっていた頃で私も知っていた事実でもあった。
「そうなの。そうだよ。どうするのか・・・ところでどこなの?」
「少し後で帰りますね・・・」
少しあとで帰りますね。 すぐに家の前です。 こうした話は事実真っ赤な嘘だ。 決して子供は少し後から帰って子ではない。 せめて「門の前です」という嘘もためらいなく打つ。 そうした子供が本当にその話をしていくらも経たないうちにドアを開けて入ってきた。 今までの嘘を全部補償でもするというようにとてもしばらく後に嘘のように私の前に立っていた。
肩を張らせ目も落ち込んでしまってからだにある全てのものを下に落ち込ませてしまい脚を引きずって自分の部屋に入った。 自分をそのまま放っておけとのオーラを全身で漂わせていた。
「その友達、お前が好きだった歌手なの?」
「違う。 ただなんとなく….」
「ところで、どうしてそうなの?」
実際に私はこの質問を投げておいて少しドキッとした。 お前が好きな歌手でもなくて知っている友達でもないのになぜ悲しむのかというような問いになってしまったようで。
「心がとても痛くて。 いったいなぜそうしたのか? お金も人気もあるじゃない。」
「お金と人気があるとみな幸せなのは違う。 家族との問題もありえて。 芸能界だというのが私たちが知らないような大変で苦しいことが多くある世界じゃないか。」
「これが何か知らないけれどさっきその記事をちょうど見る瞬間全身に力がぱっと入るの。 そして胸がちょうど重苦しいのが….」
「うつ病ということが本当に怖いよ。 以前ママも経験してきたがそれ自体がそのまま恐怖だ。 時間の意味もなくて人々の慰労も酒もその時少しの間だけ、からだに大きな石を付けて水の中でずっとずっと沈む汚い気持ち.。まあとにかく、非常にひどいようだ。
その友達も抜け出そうと努力はしたんだろう。 結局自分自身との戦いであるから。 そうして何日かちょうどそんな気がして。やめよう。 このうんざりした戦いもこの紐もそのままみな置いてしまおう。 楽になりたい。 まぁこんな….」
そうなるのだ。 湖に投げられた石の波紋が一つ一つ広まって何の痕跡もなく穏やかになってしまうように。 その友達もそんな波紋もなく静かに消えてしまいたかったんだ。
息子は夕方も食べないで部屋の扉を閉ざしたまま、まるで彼の死に一抹の責任でもある人のように苦しんで寝に入った。
勉強や成績のためにも悲観したり落ち込んだ姿を見たことない息子の見慣れない姿に少し恐怖さえ感じた。 その上こういう突然な質問に….
「ウェルテル効果のようなのが本当にあるだろうか?」
※ウェルテル効果とは、マスメディアの自殺報道に影響されて自殺が増える事象を指し、これを実証した社会学者のディヴィッド・フィリップス(David P. Phillips)により命名された。 特に若年層が影響を受けやすいとされる。
「ママもキム・グァンソクのように去ってしまった時人々と毎日酒飲んでそうだった。そうだといっても自身まで揺さぶりまくってはいけないということじゃない。 それは克服しなければならない悲しみなのよ。」
若い年齢で芸能界という険しい世の中に足を浸しスターになるために必死に努力したのだ。 言われたとおりに踊って歌ってダイエットして腹筋を育てだろう。
才能がなければ淘汰される殺伐とした王国で作曲もしなければならなくて作詞もしなければならなくて芸能番組に出て行って笑わせたりもしなければならなかったことだ。
ますます若くなる競争者の年齢.。忘れられてしまうかもしれない将来への不安。 自分を見て歓呼してキャッキャッとしたファンたちがまた他のスターを探して離れる時の空しさ。 普通に生きてみたくてもすでに普通になることができなくさせる数多くの目。 少しだけ間違っても刃物より斧より恐ろしいコメントが貼られるSNSの世界。
私の役割を代わりに生きてくれる人もいないが代わりに死んでくれる人もいない世界の中で、ひたすら私が私の責任をとり死ぬ時まで生き延びなければならないという恐怖感.。その恐怖感の重さのためにあのようにふらっと去ってしまったのだろうか・・・
以前私も実家の母が突然去った後、憂鬱に陥って手を持ち上げることさえしたくなかった。コップ1つ洗う意欲さえなくて
手に取れる大きなボールにコーヒーを入れて飲んだことがあった。 あたかも毒薬を飲むようにあれを両手で支えて持ってごくっとごくっと引き寄せた。
今日私は、その時のボールにコーヒー一杯を心苦しくのっかっている若者の胸の痛い死を追慕してみる。 そしてついに聞きたかったというその話を彼に伝えたい。
「本当にお疲れさま。 苦労をたくさんしましたね。 ゆっくりやすんで」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2019年11月24日。
ク・ハラ...。
「本当にたくさん苦労しました。これまで苦労たくさんしましたね。これからはゆっくりやすんで。」
http://www.weeklyseoul.net/news/articleView.html?idxno=52711
悲しいのも苦しいのも涙が出るのも
まだまだ大切な今だから仕方ない。
この約2年自己満足の為に思い続けたのかもと思います。
でもペンができる唯一の事って忘れない事しかないので
これからもそうしていこうと思います。
色んな事もうね暴いてほしくはない。
でも生きた証の素晴らしい活動の日々は美しくかつ生臭く繋げていって欲しいなと。
ああ、冬だから
もう冬だから
弱い話しがここ数日顔出してしまいごめんなさい。
でも後ろ向きながらも前向きよ。
SHINeeってさ
後ろにも前にも横にもメンバーがいて目が忙しいんだ
忙しくさせてくれていつもありがとう
感謝の気持ちを込めた歌をいつも届けてくれてありがとう
